ふとした日常が、ある日

ハブラシはいつものように

出典: ひとりぼっちのハブラシ/作詞:つんく 作曲:つんく

それまで当たり前だった存在が急になくなってしまったことはないでしょうか。

すぐそばにあることに何の疑問も持たないようなものは、誰にもあるでしょう。

その存在が自分の中でどういう位置付けであったのか。

その存在をどれだけ大事に思っていたか。

それを最も痛切に思い知るのは、存在そのものがなくなってしまった時に他なりません。

彼にとっての「君」は、隣にあって当たり前とすら思わないほど身近な存在だったのでしょう。

だからこそ、居なくなってしまった時のショックも大きいのです。

ハブラシのような生活に溶け込んでいる道具の存在など、改めて意識することはほとんどありません。

それでも目に止まってしまうのは、以前と同じくハブラシが2本並んでいるからでしょう。

彼と相手の間には、その日常はもうなくなってしまったにも関わらず。

つまりハブラシは、失われてしまった日常の象徴なのです。

「俺」と「君」の日常は、幸せながら何気ないものだったのでしょう。

少なくとも「あの日」までの2人には。

言えた言葉と、言えなかった言葉

ちょっと情けない「俺」の姿

確かに俺は
そんな器用にこなす方じゃないし
今でも俺は
そんな上手にジョークも言えない

出典: ひとりぼっちの歯ブラシ/作詞:つんく 作曲:つんく

「確かに」「今でも」という単語が続きますね。

その後に綴られているのは、あまり格好良くはない彼の姿です。

彼は不器用で、自分の言葉をはっきり表すのがあまり得意でない様子が伺えます。

相手に普段から言われていたことだと推察されますが、自分でも認めるところだったのでしょう。

それこそ「愛してる」という言葉も言えなかったのですから。

あの日の彼の過ちとは

「愛してる」この言葉が
あの日言えずに Ah
未来まで届くような
愛伝えたい「愛してるよ」

出典: ひとりぼっちのハブラシ/作詞:つんく 作曲:つんく

このBメロの最後のフレーズは、曲の中ではメロディにのっていません。

まるで本当に誰かに伝えているかのように囁かれます。

イヤホンで聴くと思わずドキドキしてしまいそうですね。

しかし曲の中の彼はどうやら、本心であるはずのそれを相手に言えなかった様子。

恐らくそれが、相手が離れていく決定打となってしまったのでしょう。

とすると甘い囁きも実際に口に出したものではなさそうです。

後から過ちに気づいた彼が、心のうちで呟いているだけなのかもしれません。

相手に届いてほしいけれど、今は直接伝えられない気持ちを。

前からわかっていたのに、それでも

相手から指摘されて欠点を自覚していたものの、「俺」はそれを変えることができなかった。

それはもしかしたら、相手の存在が彼の中で日常となっていたからかもしれません。

日常とは読んで字のごとく、常日頃そこにあるものです。

つまり自分から離れていくということすら、想像しなかったのかもしれません。

けれど相手は彼のそんな部分に失望してしまったのでしょう。

彼が不器用であるとか口下手であるといった特徴を改めようとしなかったからでしょうか?

いえ、本人に言うくらいですから、それはもはやわかりきったことのはずです。

ハブラシを並べるほど、日常をともにしてきたのですから。

それなのに「あの日」、相手の心が離れてしまった背景には一体何があるのでしょう。

曲が描きだす、「俺」の姿

「俺」ができなかったこと

歌詞の中の「俺」は、自分でもおかしかったと思うほどの態度を「君」にとってしまいました。

「君」が失望したのは、それによるものでしょう。

そんなの当たり前じゃないか、と思うでしょうか。

そう、当たり前なのです。

嫌なことをされたら、失望して当然です。

そして相手はその態度こそが彼の真意だと思ってしまったのです。

彼はその日、「愛してる」と相手に告げませんでした。

自分の本当の気持ちを、言葉にしてきちんと表さなかったのです。

相手はもちろん、彼の口下手な性格を知っています。

けれど人間はテレパシーが使えるわけではありません。

きちんと言葉に出さなければ、表に出ている態度や言葉を「その人」として受け取るしかありません。

だからこそ「君」は離れていったのでしょう。

自分はもう彼から愛されていないのだと思ってしまったために。

曲の中の「俺」は…

ハブラシは俺のだけが
傷んでゆく なぜなんだ

出典: ひとりぼっちのハブラシ/作詞:つんく 作曲:つんく

そんな「俺」は結局、相手に気持ちを伝えられないまま終わります。

連絡もつかず、どこで何をしているかもわからないのかもしれません。

「あの日」から使われず、傷んでゆかない相手のハブラシ。

それは「俺」と「君」の時間がそこで止まってしまったことの象徴のようです。

後悔の念を歌い上げる彼。

けれどその思いは伝わることはありません。

彼はもはや、相手を思って待つことしかできないからです。

戻ってくるかどうか、気持ちを伝えられるかどうか。

その決定権は「君」にあり、「俺」にはないと悟っているのでしょう。

だからこそ、立ちすくむしかないのです。

「あの日」以来、止まってしまった時間の中に。