東京少年は少女の夏の姿に見惚れてしまいます。

もっと恋する気持ちをすべて伝えきれたらいいのですが、まだまだ少年ですから意思を伝えられない。

もどかしい想いにモヤモヤした気持ちを抱えている恋患いが続くのです。

少年期に目に焼き付けた女性の美しさは想い出の中でも究極の価値を持つものでしょう。

東京少年は自分が今見ているその光景の真の価値には気付いていないかもしれません。

しかし恋の真っ最中です。

伝えたい想いがあるのに、触れられるほどに近い距離に君がいるのに何もできない。

ふたりの心はすでに通じ合っていることに当事者たちが気付いていないのでしょう。

きちんと話ができればすべてが解決するのですが、話す機会さえ見失ってしまうのです。

若さというものはこういうもの。

稚い愛は花を咲かせているのに本人たちに自覚がないのです。

恋をいくつか経験するうちに身につく直感のようなものが彼らにはまだありません。

言葉にできない稚い愛

ああ 夏が終わる 青い青い空に 流れてゆく雲を見送る
言葉なんかじゃない 周波数で伝えられたら どんなに素敵
煩わしいね
It's a fallin' in love
It's a fallin' in love
It's a fallin' in love

出典: 恋ワズライ/作詞:KOUTA 角松敏生 作曲:角松敏生

クライマックスの歌詞です。

この想いはふたりのものでしょう。

夏休みの終わりでしょうか、2学期の始まりでしょうか。

空がどんどんと高くなり、夏の雲ではなく秋の筋雲が空になびきます

言葉で伝えるのはまだ恥ずかしくてどうしようもなくハードルが高いと信じ込んでいるのです。

成長するごとにこうしたハードルは低くなるのですが、ふたりは大人になることを疑問視します。

実際には恋を経験することで大人に近付いていることも彼らは自覚しません。

ラジオの周波数を合わせるように直感を交歓できたならばふたりは今すぐ結ばれます。

しかしそうしたテレパシーのようなものに頼らずにきちんと言葉にする必要はやはりあるのです。

ここで停滞したふたりはお互いの心のうちを明かすことができません

しかしその分、恋をしているという実感は深まるのでしょう。

お互いが片想いだったらどうしようと思っている両想い。

若い恋のもどかしさにモヤモヤした思いを抱えるのはリスナーかもしれません。

しかし若かった頃を思い出すとそれも当然だったなと振り返られるでしょう。

5曲目「東京少年少女」

小さな存在が東京を変える

広がる東京(まち)の夜空に そびえ立つビルの窓明かり
あそこからは何が見えるの?
小さな私が立ってる 心と向かい合ってる
この東京(まち)の空を見上げている

We can find
We can touch
We can get The answer
You will find what you want
It will be alright

出典: 東京少年少女/作詞:KOUTA 角松敏生 作曲:角松敏生

タイトル・チューンの「東京少年少女」です。

英文を含みます。

簡単な英文ですが意訳を添えましょう。

「僕たちふたりは見つけることもできるし 触れることもできる

答えを掴み取れるんだ

君は自分のしたいことを見つけられるだろう

それで大丈夫さ」

東京というのは国内最大の巨大都市です。

近未来感では他のアジアの都市に追い抜かれているような寂しさもあります。

それでも旧い町並みとコンクリートの共存というのは世界的に見てもユニークかもしれません。

東京の街の隅から隅までビルが立ち並ぶ中で少年少女は小さな存在ながらも生きています

東京は大人たちが造った街であり、いずれ少年少女を飲み込んでゆく運命です。

しかし少年少女は自分の心に問いかけることで飲み込まれようとするのを堪えます。

この先にどんな運命が待ち受けているのか。

ふたりは稚すぎてまだ分からないのです。

しかし意識をしっかり持って新しい未来の扉を開こうとしています。

角松敏生は今、未分化な彼らの名前を「東京少年少女」と呼ぶのです。

いずれ本当にやりたいことが掴めたら彼らの時代が幕開けするでしょう。

そのとき旧い東京は滅びるかもしれません。

新時代へバトンタッチ

走れ 力の限り
さぁ、その靴を踏みしめて
希望の扉を開けて
We are 東京少年少女

さぁ、解き放て全てを
何もいらない ありのままのキミで
もうこんなのは終わりにしよう

出典: 東京少年少女/作詞:KOUTA 角松敏生 作曲:角松敏生

角松敏生による壮大なメッセージ・ソングであることが分かるでしょう。

彼は近年の日本社会の在り方に疑問を抱いているのかもしれません。

旧い秩序は新しい人々が塗り替えてゆきます。

為政者が罪を犯しても検察が動かない社会の中で私たちは生きているのです。

それは黒板の前に立ち子どもの間のいじめを見過ごしてきた教師の姿と重なるでしょう。

こうしたすべてのおかしなことを終わりにさせようと新しい人・東京少年少女に期待するのです。

角松敏生は東京の渋谷区に生まれ育ちました。

彼が知っている一番馴染み深い都市である東京が何かおかしい具合になっていると苛立ちます。

いじめられている少女と彼女に共鳴する魂を持った少年。

教室の片隅で息をしているまだ見ぬヒーローとヒロインを描きました。

若い人が何に対しても無関心な風潮になっているとメディアは警鐘を鳴らします。

しかしメディアが捉える「若者」という一群は個人の姿を捉えません。

無関心な「若者」にひと括りにされたくない「若者」だっていっぱいあるのです。

新しい時代を担うのは「若者」だろう。

それも教室の片隅で憤りに震える魂を持った東京少年少女こそが新時代を創る。

角松敏生は自身が還暦を迎える歳頃です。

どこかで時代のバトンタッチをしたいと願っているのでしょう。

その願いがこの架空のミュージカル「東京少年少女」に結晶しました。

ミニアルバムの発表だけでは若い人に届かないと考えたのかもしれません。

彼は実際の舞台化に取り組んで少年少女役を広く一般から公募しました。

本当に時代を委ねられる人をこの目で探り当てたいと願っているのです。

End「It's So Far Away」

青春は甘くて苦い

もうエンディングになります。

東京少年少女の青春は終わっていました

元々の時代設定は融通を利かせるようにできています。

この曲は元東京少年少女の回想になるのです。

はるか未来の話でしょうか。

もしくは現在進行系で回顧をしているのか。

その判断はリスナーに委ねられています。

歌詞を見てゆきましょう。

Do you remember?
いつか話してあげた 星たちの物語
あれから時は流れた

Yes I remember
今でも夜空を見上げると聞こえてくる
あなたのその声が導くこと

全て素敵なことばかりじゃない
誰もがみんな通り過ぎる

出典: It's So Far Away/作詞:角松敏生 作曲:角松敏生

かつての東京少年少女も歳を重ねました。

世界ごと滅ぼしてしまおうという悪意はここでは見受けられません。

今では自分がその世界の一部であることを認めているからでしょう。

しかし闘っていた、足掻いていた日々は一瞬たりとも無駄ではなかったのです。

ああして、抗えるときに自由を知ったことはむしろその後の人生の骨になったはずでしょう。

青春は祭りの終わりのように徐々に静けさが支配してゆきます。

気付いたら青春というものを回想の中でしか実感できなくなっている自分に気付くのです。

潮は満ち引きします。

出会いの後には自ずと別れが来るでしょう。

しかし今も記憶のうちに思い出すのはかつての美しい青春の姿。

それは幻影ではありません。

かつて確かにあった事実です。

叶えられなかった想いや愛を懐かしく思うのも仕方ないことでしょう。

いいことばかりの青春ではなかった。

誰しも青春には甘さも苦さも感じるものです。

失敗したこと、挫折したこと、失恋を経験して涙を流すこともある。

抗うこと一辺倒ではこの国の腐敗を一掃できないと嘆く人もいるはずです。

この元東京少年少女もそうした思いを抱えています。

しかし角松敏生は決して諦めていません。

なぜなら彼は現役の闘士であるからです。

先を見ていきましょう。