花水木の花言葉

「永続性」「私の想いを受けてください」「返礼」

20世紀初頭、日米の友好を願って、日本から桜がアメリカに贈られました。

その返礼としてアメリカから日本に贈られたのが花水木です。

この出来事から「返礼」という花言葉が出来たようですね。

また、西洋の花言葉の中には「durability(永続性、耐久性)」の他に「love undiminished by adversity(逆境にも耐える愛)」という意味の言葉もあるそうです。

大切なひとへの想いに溢れた歌詞

『君』の幸福を願う『僕』

空を押し上げて
手を伸ばす君 五月のこと
どうか来てほしい
水際まで来てほしい
つぼみをあげよう
庭のハナミズキ

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B05861

『水際』という言葉があります。

単純に水面と陸地とが隣接している場所と捉えることもできますが、生と死の境とも捉えられます。

自分では越えることの出来ない境界としての『水際』です。

『どうか来てほしい』と願う様子から、「そちらへは行けない」という事情が読み取れますね。

5月に見た、空に手を伸ばす無邪気な『君』の仕草を思い出しながら、水際まで来てほしいと願った人が差し出すのは「ハナミズキのつぼみ」。

つぼみ、ということは花が咲くのはこれからです。

それは未来へつながることを示しているのではないでしょうか。

大切なひとである『君』に、「未来へつながる(未来を願う)、私の想いを受け取ってほしい」そんな内容だと考えられませんか?

薄紅色の可愛い君のね
果てない夢がちゃんと終わりますように
君と好きな人が百年続きますように

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「『ちゃんと』終わるように」という言葉は、「途中で終わってしまうことのないように」という願い。

『百年続きますように』は、不意に分かたれてしまうことのないようにという祈りです。

『君』のこれからの幸せが続いていくことを祈っている言葉は、花水木の花言葉の「永続性」にもつながりますね。

夏は暑過ぎて
僕から気持ちは重すぎて
一緒に渡るには
きっと船が沈んじゃう
どうぞゆきなさい
お先にゆきなさい

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一緒に生きていけない『僕』を振り返らないで、どうか立ち止まらないでと願っている箇所です。

テロの起きた9月は夏です。

『僕』が『君』と一緒に生きていくことはもうできません。

その事実に対する恨みつらみは抱えるなというほうが難しいでしょう。

そんな重すぎる気持ちを抱えた『僕』を一緒に連れて行こうなんて考えれば、きっと『君』の気持ちも薄暗い場所へと沈んでしまいます。

『お先に』というのは単に順番というわけではなく「未来」のことを指しているのではないでしょうか。

『僕』の生きた道のりさえも越えた未来を生きて、大切なひとにその命をまっとうしてほしいという願いのようにも思えます。

僕の我慢がいつか実を結び
果てない波がちゃんと止まりますように
君と好きな人が百年続きますように

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ただただ大切なひとである『君』の幸福を願う『僕』。

恨みや怒りを飲み込んで、ただ未来の希望を願うことにしたその『我慢』によって、怒りや恨みの連鎖が止まりますようにという願いです。

それによって『君』の幸福が、『僕』のように壊されてしまうことのないようにと、ひたすらに祈っています。

『君』・『僕』・『母』

『僕』は亡くなった父親?

ひらり蝶々を
追いかけて白い帆を揚げて
母の日になれば
ミズキの葉、贈って下さい
待たなくてもいいよ
知らなくてもいいよ

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平和の象徴のような光景が描かれています。

しかしそれだけではなく、『ひらり蝶々を追いかけて』からは親の手を離れてあちらこちらへと自由に駆け回る子どもの様子がイメージできます。

また『白い帆を揚げて』からは風を受けてどんどんと前進する帆船の様子が浮かびませんか?

自分の思うまま自由に、前へ前へと進んでいく、そんな風に健やかに育つ『君』への願いは「母の日にミズキの葉を贈ること」。

さて、花水木の花言葉は「返礼」「私の想いを受けてほしい」「永続性」でした。

『君』のそばで支えてくれる人に感謝の意を贈ってあげてほしいという願いです。

もしかしたらそれは自分ではできない『僕』の分もあるのかもしれません。

父である『僕』が、我が子である『君』に対し、自分の分も含めて『母』を慈しみ、子どものそばにいてくれることに対して礼を述べてほしいという想いが表れた箇所なのではないでしょうか。

そしてできるならこの先も、『僕』の分も『君』を支えてくれるようにという『母』への願いも込められているのかもしれません。

大切なひとを後ろから見送ることしか出来ない『僕』のことを振り返らないで、立ち止まらないで。

『僕』の感じた苦しみも痛みも『君』には知る必要のないことで、ただ綺麗な思い出を胸に自分の幸福を追いかけていくことを、きっと『僕』は望んでいるのでしょう。

花・実・葉

この歌の中には『君』、『僕』、『母』という登場人物がいます。

そして花水木の花、実、葉のいずれかが対応するように描かれている箇所がそれぞれにあります。

つぼみをあげよう
庭のハナミズキ

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