上沼恵美子【時のしおり】歌詞の意味を解説!三つの時代にあった希望とは?未来へ繋ぐ心と人の絆を読むの画像

みんな熱くて 不器用だった
昭和の時代を 生きました

出典: 時のしおり/作詞:田久保真見 作曲:南乃星太

日本中を巻き込んだ、大きくて熱い出来事が2つあった「昭和」。

その時代を「不器用」と歌詞は表したのです。

反対語の「器用」はよく褒め言葉として使われますね。

でも頭に「不」と付くとたちまち、ネガティブな表現に変わってしまいます。

性格や生き方にも使われる表現です。

現代のように画面を通して人付き合いをすることの無かった時代。

顔と顔を合わせることでそれぞれの「熱」を感じることができたのでしょうか。

時にはそれが行き違いを生むこともあったのでしょう。

決してスマートにスムーズには進まなかった時代。

絆なんて意識をしなくても、手を取り合うように生き生きと毎日を過ごしていたのです。

終わりの時と始まりと

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ゆれる心で空を見た 平成元年 冬のこと
昭和 平成 令和へと
三つの時代を 生き抜いて…

出典: 時のしおり/作詞:田久保真見 作曲:南乃星太

夢中で過ごした時代にも終わりが来ます。

1つの大きな時代が終わり、次に受け継がれる時が来たのです。

1989年(昭和64年)1月7日、昭和天皇の崩御に伴い皇太子明仁親王が第125代天皇に即位した。この皇位の継承を受け、同日、1979年(昭和54年)に施行された元号法に基づき改元の政令が出され、その翌日を「平成元年1月8日」とすることにより改元がなされた。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/平成

悲しみの中で発表をされた元号でした。

平和から一文字選んだのは、この後も平和な時代であることを願ったのでしょう。

この楽曲がリリースされたのは、令和元年11月です。

少し遠くなった時代に思いを馳せ、次の時代の区切りに心を打たれ、そして今につながります。

上沼恵美子さんは、自分の人生に3つの元号があることを誇らしく歌います。

そして同じようにここまで生きて来た人たちにも聴こえるように、伝えるのでしょう

ただ生きただけではなく「生き抜く」ことができたことを誇りに思って欲しいと。

困難に打ち勝って、苦しみに耐えてここまで続いた人生。

だからこそ新しい元号になっても、生命をつなげて欲しいのでしょう。

消えない傷痕

歌詞は平成を振り返ります。

事件や事故そして災害が人々の心に残った時代。

消えることの無い痕跡が歌詞になりました。

その日を胸に刻んで

上沼恵美子【時のしおり】歌詞の意味を解説!三つの時代にあった希望とは?未来へ繋ぐ心と人の絆を読むの画像

あれは平成二十三年
今でも心が 痛みます

出典: 時のしおり/作詞:田久保真見 作曲:南乃星太

この年に起きたことを確認しておきましょう。

東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい)は、2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による災害およびこれに伴う福島第一原子力発電所事故による災害である。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/東日本大震災

歌詞にある言葉がこの災害を端的に表しています。

それは「今でも」でしょう。

暮らしは元に戻りつつあるけれど、完全に過去の暮らしには戻れない。

今なお災害による痕と共に生きているのです。

直接被害に合っていなくても、つながっている「心」が締め付けられます。

それでも、悲しみに沈む出来事ばかりではありませんでした。

被災地に起きた奇跡がまた心の輪を広げたのです。

独りになっても

上沼恵美子【時のしおり】歌詞の意味を解説!三つの時代にあった希望とは?未来へ繋ぐ心と人の絆を読むの画像

一本残る 松の木が
希望の証と なりました
みんな怖くて 片寄せ合って
確かな絆を 知りました

出典: 時のしおり/作詞:田久保真見 作曲:南乃星太