90年代屈指の名バラード

1992年にリリースされた中西保志の2ndシングル「最後の雨」。

発売の翌年、有線チャートを急上昇したのをキッカケに、オリコンでも再チャートインするというロングセラーを記録しました。

発売から現在に至るまで、多くのアーティストにカバーされているため、当時を知らなくてもどこかで別の誰かが歌っているものを耳にしたひとも多いのではないでしょうか。

25年の経った現在でも色あせることのない、狂おしいほどの情熱と切なさを余すことなく表現した中西保志の歌声は言うまでもなく、ある男女の別れにおける男性側のしめやかな心情を描いた歌詞もその魅力のひとつです。

歌を聴いた当初は共感できなかった、したくなかったけれど、歳月を経てわかるようになったとこぼしてしまうひともいる「最後の雨」の歌詞。

歌い継がれることで今でも新たにファンを増やしている25年前の名バラード、その歌詞の意味とはどんなものなのでしょう。

二人の男女に降る「最後の雨」

別れを拒む「僕」の目

さよなら呟く君が 僕の傘残して駆け出してゆく 哀しみ降り出す 街中が銀色に煙って 君だけ消せない

出典: https://twitter.com/ebi9696/status/38314838983847936

「哀しみ」の雨が降り始め、街中が煙る中、「君」の後ろ姿だけは鮮やかに浮かび上がっている様子がわかります。

雨によって薄暗い色に街が染まっているにもかかわらず、「君」の姿だけはその中に溶けることなくわかってしまうという「僕」。

それは「君」から告げられた別れを受け入れることのできない、「僕」の心情によるものなのではないでしょうか。

最後の雨に 濡れないように 追いかけて ただ抱き寄せ 瞳閉じた

出典: https://twitter.com/lupinusoptimus/status/873563444301119488

「最後の雨に濡れないように」というフレーズは、文字通り「雨に濡れないように」とも捉えられます。

しかし「最後の雨」となっていることで、「最後=二人の別れ」、また先に「哀しみ降り出す」と雨を表現していたことで「二人の別れによる哀しみ、それによる涙」と考えることもできます。

涙で頬が濡れないように、「君」が泣いてしまうことを押しとどめたいという「僕」の気持ちがここにあるのではないでしょうか。

そして何か言葉をかけるわけではなく、抱きしめて目を閉じるだけ、というその行為に「僕」の心情が表れています。

「君」を手放したくはないけれど、別れに抗えないことも「僕」はわかっているのでしょう。

雨が降っている今、雨音によって耳に届く音はかき消されていて、目を閉じることで視覚で捉えることのできる存在も消えてしまいます。

けれど腕に抱きしめた「君」の体温だけはまざまざと感じることができる……「僕」が感じることのできる存在は「君」ひとりだけ。

「僕」の世界には「君」しか存在しないという、この瞬間がずっと続けば良いのにと祈るような思いも、目を閉じるという行為には含まれているのではないでしょうか。

本気で忘れるくらいなら
泣けるほど愛したりしない
誰かに盗られるくらいなら
強く抱いて君を壊したい

出典: https://twitter.com/k_______321/status/869909776007782400

強く深い「僕」の愛情が伝わります。

ともすれば暴走しそうなまでの、狂おしいと言わんばかりの愛です。

他の誰にも「君」を渡したくない、「僕」だけのものでいてほしい、これほどに愛しているのにどうして伝わらないんだと訴えかけてきます。

でもそれは、「僕」のためでしかない、独りよがりのものなのです。

離れてしまった「君」の心

不安な波にさらわれる
砂の城怖くて誰かを求めたの?

出典: https://twitter.com/saxoxoxo/status/294452611489333250

砂で造った城はあっさりと波にとけてしまいます。

ここでの「砂の城」とは、「君」の心でしょうか、それとも「僕」への想いでしょうか。

「君」が不安な気持ちに押しつぶされてしまいそうなとき、助けを求める相手に「僕」ではなれなかったことへの哀しみ、けれどそれもしかたないという諦念、そして不安な気持ちにさせてしまった、それに気づけなかった後悔がここにはあるのではないでしょうか。

強がりだけを 覚えさせたね
微笑みは もう 二人の夢を見ない

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=37895

二人でいても、「君」は言いたいことを飲み込んでじっと耐えるだけになってしまっていたことに「僕」は気づきます。

なんでもない顔で微笑んでいた「君」は、もう二人の未来を見ることができなくなっていたのかもしれません。

そこまで追い詰めたのは「僕」だったのです。

それに気づいた瞬間、「僕」は「君」をつなぎ止めることの難しさを改めて思い知ったのでしょうか。

本気で忘れるくらいなら 泣けるほど愛したりしない
さよならを言った唇も 僕のものさ君を忘れない

出典: https://twitter.com/yasukun_45/status/811943080806912000

切ないまでの「僕」の愛情があふれます。

つらく哀しい「さよなら」を告げた瞬間まで、「君」は「僕のもの」だったと言い切ります。

どれほどの想いを「君」に向けていたことでしょう。

「君を忘れない」と強く言い切る言葉の影には、いっそ忘れることができれば楽なのかもしれないという思いが見え隠れします。

けれどきっと、泣いてしまうほどの愛を注いだ「君」を忘れることは、どんなに願ってもできないだろう。

そんな「僕」の気持ちは、覚悟にも似ています。

決別

明日の君を救える愛は僕じゃない
でもこのまま見つめている
言葉に出来ないのが愛さ
言葉では君を繋げない

出典: https://twitter.com/yasukun_45/status/811943080806912000

立ち去っていく「君」の後ろ姿を、ただ見つめる「僕」の姿が思い浮かびます。

どんな言葉をかけてもきっと薄っぺらく感じて、「君」を思い留めるすべが「僕」にはもうありません。

これからの「君」を救える立場に「僕」はいないと理解して、ただ言葉なく見送るしかないのです。

「それでも愛していたんだ」と、「君」を見送る視線は雄弁に語っていたかもしれません。

自分のもとから立ち去る姿を、これ以上止めることなく送り出すことが、「僕」から「君」へ注ぐことのできる、最後の愛だったのでしょう。