「ダンチョネ節」は三浦半島の俗謡で、節回しが何種類もあります。
共通するのは、一節の最後に「ダンチョネ」という掛け声が入ること。
「断腸」や「団長」がなまったという説がありますが、確実かどうかは不明です。
掛け声なので深い意味はありません。「原宿、いやほい」と同じ。
「舟唄」のダンチョネ節の歌詞はオリジナルで、元唄ではありません。
作詞家の阿久悠は「舟唄」の歌詞で、ここが一番の会心作と漏らしています。
「本当の漁師唄みたいでしょ」
魚群の目安であることから、鴎が多く沖に集まっていると漁を始めねばなりません。
鴎を酔わせて、漁をサボろうというストーリーが、粋でいなせです。
なおかつ「ダンチョネ節」が、主人公のかつての恋人への思慕を表しています。
一挙両得、一石二鳥。
インタビューで自慢したくなるのも分かります。
阿久悠は兵庫県の淡路島生まれで、三浦半島どころか関東人ですらありません。
でも、小林旭がレコード化していた「ダンチョネ節」に魅力を感じていたそうです。
「いつか使ってやろう」
「ダンチョネ節」を巡る多くの経緯が、「舟唄」で結実したということのようです。
八代亜紀の代名詞になった
「これはヒットする」と閃いた
「舟唄」は、元々は阿久悠がスポーツ紙の作詞講座で書いた歌詞でした。
「美空ひばりに歌わせる」という設定で、八代亜紀に書かれたものではありません。
これに作曲家・浜圭介がメロディをつけ、テイチクが八代亜紀さんに持ってきたのです。
デモを聞いて八代さんは「これはヒットする」と直感したと言います。
筆者・Hawkeyeviewは30年以上前に、ご本人から直接聞いたことがあります。
「ピアノ弾きボーカルなしのメロディだけだったけど、ピンと来ました」
今はスタンダードになっている、あの印象的なイントロも無かったそうです。
「ダンチョネ節」すら、八代さんはそのとき初めて聞いたとか。
「いい民謡だなあ」と感動していたら、テイチクの担当者が「歌詞はオリジナルですよ」。
八代さんは、これで二度驚いたわけです。
名刺代わりの代表曲
NHK「チコちゃんに叱られる」で、本来の意味の歌詞がついた「ドレミの唄」を、八代亜紀が歌いました。
2分足らずの歌だったので、演歌の大御所としては短い出番です。
「もう終わり?じゃ、『舟唄』は?」
スタジオにいたスタッフの大爆笑が響きました。
八代亜紀のキャリア最大のヒットは「なみだ恋」。でも代表曲といえば「舟唄」なのです。
それまで女性の恋の歌ばかりだった八代さんにとって、性別不明の「舟唄」は新鮮でした。
「いろんな意味で、全ての意味で、私が生まれ変わった歌でした」
女心の演歌といえば、プロドライバーを始めとする男性労働者の愛好ジャンルでした。
でも「舟唄」は、八代亜紀のマーケットを、男女のみならず全年齢にまで広げました。
暗示的な歌詞も、叙情豊かなメロディも、耳に残るアレンジも、全てが"ユニバーサル"です。
あらゆる設定で感情移入できる市場構造が、「舟唄」の奥深さになっています。
これこそ「舟唄」が八代亜紀の名刺代わりになった由縁なのです。
誰も知らない素顔の八代亜紀
実は"すっぴんが多い"!
嘉門達夫の芸能ネタで「誰も知らない素顔の八代亜紀」という歌があります。
厚化粧という揶揄ですが、八代さんは「ネタにされることに感謝」しながらも驚きました。
「普段から、全然お化粧しないのよ」
アイラインと口紅以外はほとんど素顔で、ファンデーションすら忘れるそうです。
なんとあの目元も、つけまつげではない!
放送局のメイク担当が驚いていました。
「地肌がきれいから、手を加える必要がない」
縦巻きのロングヘアーが、水商売っぽく見えるからでしょうか?
Hawkeyeviewが自由が丘のスーパーで、八代さんと出くわしたことがあります。
プライベートでの買い物だったようで、挨拶すると赤面されました。
「ちょっとの間だけと思ったら、すっぴんなの」
髪は帽子で隠れていましたが、確かに化粧っ気はなく、素顔です。
でも、まつげもモサモサで、眉もきれい!
なんとまあ、うらやましい限りです。
酒場の歌を唄っているのに
八代亜紀さんについてのびっくりは、薄化粧だけではありません。
ある業界の授賞式レセプションで、Hawkeyeviewは八代さんと同席しました。
式典の乾杯があって、出席者にグラスが配られます。
八代さんの手元を見るとオレンジジュース!
「えっ!ビールじゃないんですか?」
八代さんは笑いをこらえながら、ヒソヒソ声で言いました。
「私、たぶんアレルギーと思うけど、アルコールがダメなんです」
「酒場」に似合う演歌ばかり歌っているので、お酒に縁が深いと思われがちです。
実は「お酒が飲めない」のでした。
「ぬるめの燗」や「しみじみ飲めば」どころではありません。
あぶったイカでオレンジジュースを飲んでいたのです。
出るか?"ジャズ版「舟歌」"
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ここまで「舟唄」についてのさまざまをご紹介してきました。
八代亜紀さんは、キャリアの最初はナイトクラブ専属シンガーで、ジャズも唄っていました。
ニューヨークの名門ジャズクラブ・バードランドでのライブも行っています。
スタンダードやポップスも大好きで、アルバムの中に取り入れています。
こぶしを回した彼女独特の演歌的な歌唱法は、あくまでビジネスとして、のようです。
家ではチャーリー・パーカーやマル・ウォルドロンを聴いている、と聞いて仰天しました。
実はギンギンの洋楽ファンなのです。
ということは、活動が演歌から外に広がることは必至と言えるでしょう。
ジャズやポップスに手を伸ばしても、彼女の名刺が「舟唄」であることに変わりありません。
プライベートでお酒が飲めなくても、「しみじみ飲めば」と歌い続けるに違いありません。