和風サウンドに乗せられる独特な歌詞

「罪悪感」と「神様」

羽生まゐご【懺悔参り】歌詞を解説!生きよう…迷っても転んでも…神様はこんなにも懺悔しているのだからの画像

ボカロP・羽生まゐごが2018年2月4日に公開した楽曲「懺悔参り」。

羽生まゐごの得意とする「和風」のサウンドと、独特なキーワードを散りばめた歌詞が印象的です。

また、ボーカロイドflowerのパワフルな歌唱が生かされた強いメロディも魅力のひとつ。

タイトルに含まれる「懺悔(ざんげ)」は「己の犯した罪を告白し悔い改める」という意味を持っています。

次に続く「参り」は、神社などに参拝知り時に用いる言葉。

この楽曲は「罪悪感」や「神様」がテーマになっているのが読み取れますね。

今回はこの神秘的なテーマを持つ楽曲の意味に迫ります。

「神様」にまつわるイメージ

絶対的な存在から見た人間

皆様は「神様」というとどんなイメージを思い浮かべますか?

秩序を守る絶対的な存在。

運命をつかさどる主。

崇拝する対象。

宗教ごとによる思想はそれぞれですが、「神様」とは人間の及ばない遥か高みの存在として語られます。

「神頼み」という言葉もあるほど、神様の持つ力は絶大。

また、古来の日本には「八百万の神」という、自然界の全てのものに神様が宿るという考え方もあります。

実際に神様から見た視点ではどんな風に映るのでしょうか?

そんなこと、なかなか考える機会はありませんね。

実は「懺悔参り」は神様の心情が綴られた楽曲であると推測できます。

MVをチェック

幻想的な映像

「懺悔参り」のMVでは和風のサウンドと同じく、和風のイラストが展開されます。

暗闇の中にたたずむ神様。

そしてモノクロと赤を基調とした神秘的なカラー。

これらが幻想的な雰囲気を醸し出していますね。

歌詞に合わせて映し出される神様の姿にも注目です。

人間の世界を覗き見たり、「絵馬」に書かれた人々の願いを読み上げる。

無数の人々を眺める神様はどんな気持ちなのか、気になりますね。

それでは歌詞を読み解いていきましょう。

浮世で神様に祈る人々

繰り広げられる争い

今日も今日とて眺めてみようか
喜怒哀楽修羅の街
地獄の縁で咲いてた
嫉妬嫉妬嫉妬有象無象

出典: 懺悔参り/作詞:羽生まゐご 作曲:羽生まゐご

MVでは神様が「空間に開いた穴」から何かを眺めています。

その先には鳥居のような景色が広がっていることから、人間の世界を覗き見ているのでしょう。

様々な感情に溢れかえる修羅(=争い)の街。

人間の繰り広げる様々な衝突に胸を痛めているのかもしれません。

そして渦巻く幾多もの嫉妬心。

それを有象無象(=くだらないもの)と表現しています。

客観的に見た人間の世界は、「争い」や「嫉妬」が絶えないネガティブな光景に映るのかもしれません。

「攻撃されないように」「妬まれないように」と注意を払って生きる人も少なくないはずです。

神様が抱く罪悪感

どうかどうか貴方の為に
祈らないで願わないで
何もできやしないさ
子供騙し おまじない

出典: 懺悔参り/作詞:羽生まゐご 作曲:羽生まゐご

絵馬に書かれた願い事を読む神様。

これらの「神頼み」の願いに意味がないと言っています。

絵馬に願い事を書くのはただの気休め。

あるいは自己暗示。

願ったところで神様が全て叶えてあげられる訳ではないのです。

だからこそ、「神頼み」にするのではなく、自分の力で生き抜いてほしい。

でないと、「救えない自分」に罪悪感が湧いてしまう。

そんな心情で神様は眺めているのではないでしょうか。