「死にたい」と「生きたい」の狭間で...
「イジメ」という過去を乗り越え前向きに生きる焚吐の姿から筆者が連想する作品があります。
月間Flowersで連載されている人気漫画「ミステリと言う勿れ」です。
その中で主人公はイジメの過去に悩む青年にこう語りかけていました。
「病んでたり、迷惑だったり、恥ずかしくて問題があるのはいじめている方なのに...」
「イジメ」とはむしろ加害者の精神疾患が問題である、という考えが世界水準なのです。
焚吐のように過去を許さず、しかし前向きに生きる姿勢。
それは教育で後進国となってしまった日本社会において重要な意味を持つことでしょう。
MVのラスト、マスクを外した少年は屋上へと走り、実写の焚吐と同化します。
少年は「死にたい」と「生きたい」いう気持ちを受け入れることができたのでしょう。
人生に設定なんかない
人生はゲーム...じゃない!
「もう限界だ 降参だ」 絶えず弱音を吐いています
でもなんだかんだ投げ出さん程度に正気保っています
というかそもそもチュートリアルやリセット
一切無しで挑むって 残機=1なんて 正気の沙汰じゃない
出典: 見切り発車/作詞:焚吐 作曲:焚吐
2番のアニメーションには歌詞とリンクするように8ビットのゲーム画面が登場します。
同時に敵キャラとして殲滅されてゆく彫像のような顔をしたクラスメイト。
一見すると人生をゲームに例えるような演出として考えることも可能です。
しかし『見切り発車』の歌詞を読めばその真意は伝わります。
焚吐は人生はゲームとは違うとハッキリと歌っているのです。
一度死んだら僕らは終わるから。
頭では分かっていても「死んでしまいたい」という欲求に抗うことが困難なときもあるでしょう。
だからツライときは弱音を吐いていいんだよ。
焚吐は曲を通してそんな気持ちを伝えようとしているように感じられるのです。
自己否定をあえて肯定することで救われる心
ふいに涙が出てしまったり かと思えば堪えてみたり
下書きも出来ちゃいないのに取り掛かった本番
破いて丸めて また開いて 一体何の意味があるの?
出典: 見切り発車/作詞:焚吐 作曲:焚吐
MVの背景に登場する原稿用紙が使用される場面。
『見切り発車』の歌詞では生きることは「設定のない物語」として表現されています。
失敗や後悔を繰り返しながら送る日々に何の意味があるのだろう?
一般論でいえば失敗の積み重ねが成功へと繋がるといわれています。
しかしまさに失敗と後悔の渦中にいる人物にはそんな安易は一般論は届きません。
自己否定をあえて肯定すること。
その原因を自己ではなく世界に転換することで「君は悪くないんだよ」と焚吐は伝えようとしているのです。
色彩が表現する少年の心理
「グレー」と「黒」の持つ意味
最後に『見切り発車』を彩る色彩の持つ意味について考察してみようと思います。
一見するとカラフルに彩られたアニメーション。
しかし一番多く登場するのはグレーと黒です。
まだ友人と呼べる存在がいた頃は薄いブルーの水玉だった背景はいつしかグレー一色に変化します。
グレーが示しているのは主人公の他者に対する防御本能です。
極力目立つことを避けるのは他者との摩擦を避けるため。
すると少年の心の中にはどす黒い闇が溜め込まれてしまうのです。
葛藤の末に見つけた本当の気持ち
一見目立たない地味なキャラを演じる少年。
しかし心の中には様々な感情が渦巻いているのです。
抑え込まれた感情は行き場を失い暴走を始めます。
当初は憂鬱さ(ブルー)と緊張(イエロー)を行ったり来たりしていた少年の心。
次第に怒り(レッド)や妄想(パープル)が制御しきれぬようになってしまいます。
崩壊寸前の感情に引きずられ屋上へと走る少年。
呆然と立ち尽くしていたのはフェンスの向こう側だったのではないでしょうか?
なぜなら少年の髪の毛の揺れ方は下から吹く風によるものだから...。
しかし葛藤の末、少年は「生きたい」という本当の気持ちを見つけたのです。
そして実写の焚吐と融合し世界の色を取り戻してMVは終わります。