吹き溜まりの路地裏からの逃走が始まります。
敗走ではなく勝利のための疾走。
道一本隔てるだけで世界が変わりつつあります。
「君」の必死の旅立ちに「僕」も声援を贈るのです。
「君」は逃走線の果てにまでゆく。
その遠ざかって小さくなる背中を「僕」は見送ります。
路地裏ではカラカラに乾いてしまっていたあらゆる感情が甦ってくる瞬間です。
溢れる涙は歓喜の涙でしょう。
路地裏は何の隠喩か
現実の超克を
後藤正文が路地裏と喩えたのはおそらく私たちの暮らしと地続きの現実。
精神的な自由を望む人間にとって今の日本社会はいつかの悪夢ではなく今ある地獄なのです。
その現実を超克することが自由への一歩だとASIAN KUNG-FU GENERATIONは考えます。
バンドの疾走感が一気に増してゆく箇所です。
鈍磨した感情が息を吹き返す一瞬。
このままロック・サウンドが続くのかと思いきやスポークン・ワードのパートが始まります。
「解放区」のショート・ヴァージョンのMVもこの辺りからフェードインするのです。
路地裏から「解放区」へ
新しい靴に履き替える
MVではスポークン・ワードを繰り出す後藤正文の姿がインサートされます。
歌詞の中の路地裏を思わせるような狭い路地を人々が歩いてくるのです。
路地にはたくさんの靴が並んでいます。
路地裏から現れた人々はその靴を履きながら「解放区」へと向かうというストーリーのようです。
何度も繰り返しになりますがMVは楽曲の前半部分を公開していません。
路地に置かれた大量の靴が何の隠喩なのかは想像することしかできないのが現状です。
よく見ると路地裏でも靴は履いているのですが「解放区」に向かってゆくに当たって靴を履き替える。
ここが解釈のポイントのようです。
おそらく新しい自分になるための一歩を新しい靴で踏みしめるという意味合いだと思われます。
後藤正文のスポークン・ワードを検証しましょう。
風景の切り取りの見事さ
言葉の魔術で現実が冴える
高層ビル越しの斜陽
工場街の雑踏
登りつめた先の緩やかな坂道を下る
通り雨の後の草むらの蒸気
ズブ濡れの雑誌
膨れ上がるイメージ
出典: 解放区 / Liberation Zone/作詞: Masafumi Gotoh 作曲: Takahiro Yamada Masafumi Gotoh
都市の風景から切り取った情景の美しさに酔ってしまいそうです。
普段見慣れている風景も言葉の魔術を経るとこれほどまでに鮮やかにその生命力が沸き立つ。
都市に生きている私たちまで少しステップアップされたような気にもなります。
雨上がりに晒された雑誌が水分を吸って膨張するイメージから宇宙的な広がりを見出す。
後藤正文の詩人としての資質の高さに驚かされる次第です。
MVではいよいよ人々が明るい「解放区」を目指し歩いてゆきます。
すべての人々が皆、新しい靴に履き替えて「解放区」へと向かう。
とてもまぶしい光の演出に希望を見ます。
格差社会の現実
意識で地図を刷新する
帰る家のない老人と暗い目をした青年
タワーマンションの最上階からバラ撒かれる紙クズ
手垢まみれの貨幣と足跡だらけの地平
地名だけが古いままの新しい地図
出典: 解放区 / Liberation Zone/作詞: Masafumi Gotoh 作曲: Takahiro Yamada Masafumi Gotoh
貧富の差が広がる格差社会の中で私たちは生きています。
格差の拡大が招くものは所謂「負け組」から生きる活力が奪われる深刻な現状です。
「勝ち組」もまた倫理観を失墜させてゆくことに気付かずに暮らしていることも暗示されています。
貨幣は社会に偏在しその表面には「勝ち組」の指紋が遺っているのです。
貨幣が神になる社会で私たちは決して平等とはいえない状況で生死します。
しかし私たちの意識の変革で地図は絶えず刷新されることを後藤正文は希望を持って口にするのです。
路地裏からの逆襲。
路地裏からの逃走・闘争。
いつもの都市生活に「解放区」を設けよう。
新しい地図が指し示す場所はかつても今も私たちが棲んでいる土地と同じ場所なのです。