2018年奥村チヨは歌手活動を卒業
2018年いっぱいで歌手活動を卒業した奥村チヨ。
可愛らしい甘えるような声。
しかし、身体の芯から弾けるようなダイナミックな歌い方で人気を博しました。
今回考察する「恋泥棒」は、「恋の奴隷」「恋狂い」と共に「恋3部作」といわれます。
この3つの恋の歌は、昭和感が満載です。
どれも女性が男性に夢中になり、翻弄されるストーリーになっています。
これらの歌が大ヒットしたのは、男性のニーズにハマる女性像だからといえるでしょう。
歌のイメージによる葛藤
2008年3月7日にフジテレビで放送された「売れなきゃよかった…金曜日の告白SP!大壮絶人生」によると、代表曲「恋の奴隷」が男性に従属的な歌詞であったため、奥村自身は歌うことをためらっていたという。さらに同曲のイメージから、当時は自宅周辺にまで付きまとうファンが多く出現したことから悩まされていたという。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/奥村チヨ
奥村チヨの代表曲である「恋の奴隷」は、男性に支持され大ヒットしました。
しかし、彼女の心情は複雑だったようです。
自分の価値観と、歌の価値観はまるで違うのに、イメージを求められました。
おまけに、そのイメージゆえに、ストーカー的なファンの行動にも悩むことに。
「ファンがたくさんいる」
「支持されている」
普通であればそれはうれしいことであり、自信になると思います。
しかし、それが自分自身ではなく『幻のイメージ』を求められているとしたら?
とても苦しいことだと思います。
恋泥棒がNHK紅白歌合戦で歌われた理由
コケティッシュな雰囲気がいっそう官能的になり初めてNHK紅白歌合戦に出演するが、「恋の奴隷」の歌詞の一部がNHKの内部規則に抵触することを回避するために「恋泥棒」を歌った。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/奥村チヨ
奥村チヨは「恋の奴隷」の大ヒットでNHK紅白歌合戦に出場します。
しかし、「恋の奴隷」は歌わずに、「恋泥棒」を歌っています。
NHK紅白歌合戦というと、老若男女が見る番組です。
女性も見るわけです。
女性にとっては、男性に隷属するような「恋の奴隷」の歌詞はうれしくはない内容。
男性ファンからしてみれば、「恋の奴隷」を歌って欲しかったでしょう。
しかし、公共性が高いNHK向きではないという判断だったようです。
「恋の奴隷」に比べて、刺激的な内容ではない「恋泥棒」が歌われました。
では発売当初の「恋泥棒」はどんな感じ?
![](https://img.youtube.com/vi/6k6sjq9hg-4/0.jpg)
文句なく、可愛らしい女性というイメージだと思います。
奥村チヨの代名詞となっている「甘えるような声」で歌われています。
男性ならば誰でも、「守ってあげたい!」と思うのではないでしょうか。
当時は、芸能人はイメージを壊してはいけないと強く言われていた時代です。
ですから、歌の小悪魔的な女性のイメージを強く意識していました。
男性についていくと見えて実はタフなのは女性の方かも
![](https://img.youtube.com/vi/m0hBi4XJnsI/0.jpg)
しかし、時代とともに女性の在り方は変わっていきます。
世の中では男女の平等が叫ばれるようになりました。
そうした世の中の変化は、歌手の在り方にも影響を与えてきました。
同じ歌を同じ歌手が歌っても、時代を経ると印象やニュアンスが変わります。
こちらの動画の「恋泥棒」は近年に歌われたものです。
奥村チヨの表情や目線を見ても、自分の意志をしっかり持つ女性の印象です。
「どんな選択であれ、わたしが選んだ」という気迫さえ感じます。
違和感を持ちながらもプロとして長年「恋3部作」に向き合ってきたのでしょう。
その結果、同じ歌を自分の価値観に寄せることが出来たのではないでしょうか?
今回の歌詞の考察は、近年の奥村チヨの解釈を思いつつ進めていきます。
一目惚れだけが恋じゃない?
恋といえば「ひと目惚れ」という風に思う人が多いかもしれません。
出会ったその時に、胸にズキュンと何かを感じるもの、というイメージ。
でも、現実にはそんなドラマティックな恋の始まりの方が少ないでしょう。
最初は全く、1ミリも恋愛の対象とは思っていないのです。
しかし、ノリで何度かお茶しているうちに一緒にいることに慣れてゆくのです。
存在に慣れていくということは愛着が湧いていくということです。
ペットや、職場の仲間でも、一緒にいるうちに親近感がわきます。
この親近感を持つというのは、実はとても特別なことではないでしょうか?