小悪魔のような可愛さ
ハートを揺さぶる甘い歌声
奥村チヨの少し鼻にかかった甘い歌声は昭和の歌謡界に強烈な印象を残しました。
彼女が持つ小悪魔のような雰囲気と強めにかかるビブラートは世の男たちのハートを揺さぶったのです。
「恋の奴隷」というインパクトのあるタイトルは「チヨ」という名前とセットで耳にこびりついて離れません。
こんな女性にそんなことを言われたらどうしよう…という夢や妄想も生まれたのでしょう。
1969年に発売されたこの曲は60万枚を超えるヒットとなりました。
奥村チヨを悩ませた歌詞
女は奴隷?
元ビートルズのジョン・レノンは「女は世界の奴隷か!」という凄いタイトルの曲を歌いました。
反骨精神に溢れるジョンが女性の権利について考えるべきだと主張したのですが、「恋の奴隷」はどうでしょう。
ひたすら男性を愛する女性のいじらしい想いを歌っているだけで、けっして女性を下に見た曲ではありません。
ところが肝心の歌っている彼女には歌の内容に葛藤もあったそうです。
代表曲「恋の奴隷」が男性に従属的な歌詞であったため、奥村自身は歌うことをためらっていたという。さらに同曲のイメージから、当時は自宅周辺にまで付きまとうファンが多く出現したことから悩まされていたという。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/奥村チヨ
これから紹介する歌詞の中にありますが、女性のことを”小犬”に例えるのはどうなんだろう。
”ぶって”なんて歌っていいのだろうか…。
そんな想いも当然あったでしょうね。
この曲を出した当時の彼女は22歳でしたが、見た目と違ってまだ子供っぽかったそうです。
“小悪魔”というイメージにも抵抗があったのかもしれません。
それでも彼女の歌唱力や容姿、メロディーの良さがネガティブにとられかねない内容を超えていたのでしょう。
また当時の世の中は細かい点をつつかない、おおらかなところもあったような気がします。
ディレクターや作詞家・作曲家など、この曲に関わった人たちの思惑通りになったのかもしれません。
プロの作家たちはヒット曲を生み出すために必死に考えていたのだと思います。
ヒットメーカーと3分間の魔法
作詞家なかにし礼
上のジャケット写真は若き日のなかにし礼です。
タバコを指に歌詞を考えているのでしょうか。
俳優にしたいような、なかなかの男前ですね。
彼は日本を代表する作詞家のひとりで、作家として『長崎ぶらぶら節』で直木賞を受賞した才能の持ち主です。
作曲家の鈴木邦彦とのコンビで奥村チヨのために「恋の奴隷」などを提供しました。
作曲家鈴木邦彦
ピアノを前にした作曲家の鈴木邦彦。
温厚そうに見えますが、プロフェッショナルな雰囲気も伝わってくる写真です。
この人も黛ジュンの「天使の誘惑」や西城秀樹の「情熱の嵐」など数多くのヒット曲を生み出しています。
彼らのようなヒットメーカーが組むことで昭和の歌謡界はヒット曲を量産していたのです。
またこの頃の歌謡曲は3分程度で終わる短い曲が多いのも特徴でした。
テレビの歌番組やラジオで視聴者やリスナーが聴くのにちょうどいい長さが3分だったのでしょうね。
その短い時間の中にありったけの精力や才能が詰め込まれていたのが当時のヒット曲なのです。
60年代から70年代の洋楽ポップスもそうでしたが、「3分間の魔法」と呼んでいいかもしれません。
「恋の奴隷」もまさしくそうだったと思います。
イントロからAメロ・Bメロ・サビ・間奏というシンプルな構成の中に聴く人を惹きつける魅力があったのです。