昭和の時代から親しまれた演歌

ゾクッとするほど歌が上手い演歌歌手

【香西かおり/無言坂】歌詞を解説!帰りたいのに帰れない…雨の坂道で辛い恋に答えを出せる?の画像

演歌の世界は男女の愛憎や情念を描いた歌が多く、なかなかその良さを理解するのは難しいかもしれません。

だけど時々耳にする演歌歌手の皆さんの歌声はゾクッとするほど上手いなと思うことがあります。

昭和のころから歌謡曲の中でも演歌は大きな位置を占めていました。

メロディーがゆっくりしていて歌詞が聞き取りやすいのも特徴です。

お父さんお母さんや、お爺ちゃんお婆ちゃんの世代にとっては安心して聞けるジャンルなのでしょうね。

だけど若い世代の方が聞かないでいるのはもったいないんじゃないかとも感じています。

いつかどこかのお店のカウンターでひとりでお酒を飲めるようになったとしましょう。

そんなとき、店内に流れてきた演歌が心に染みるかもしれませんよ。

作曲者はあの大物ミュージシャンだった!

玉置浩二と香西かおりの意外な関係

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香西かおりと玉置浩二の出会いは、お互いの事務所のスタッフ同士の結婚がきっかけだったそうです。

香西かおりは結婚式に出席したものの、玉置浩二ツアーの最中で出席できませんでした。

お詫びとお礼の意味もあって、彼が香西かおりに書いた曲が「無言坂」だったのです。

玉置浩二がボーカルを務めた安全地帯は「ワインレッドの心」などのヒット曲で一躍人気バンドとなりました。

「ワインレッドの心」は、サントリー「赤玉パンチ」CMイメージソング(CMにはクリスチャン・ヴァディムが出演)、またフジテレビ系・ナショナル木曜劇場ドラマ「間違いだらけの夫選び」エンディングテーマとして使われた。オリコンでは初の1位獲得となり、翌年1984年の年間チャート2位に輝いた。オリコン調べによる売上枚数は71.4万枚。安全地帯の代表曲の一つである。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/ワインレッドの心

歌い方に独特のクセはありますが、とにかくとんでもなく歌の上手い人です。

そのロックやポップス畑を歩いてきた人が、まったくジャンル違いの曲を書きました。

しかも香西かおりを意識した、いわゆる当て書きで見事な演歌のメロディーを生み出したのです。

作詞者はテレビ界の大物

昭和の大ヒットドラマを生んだ久世光彦

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作詞者の市川睦月は、久世光彦(くぜ てるひこ)のペンネームです。

久世光彦
歌謡曲作詞や脚本家としてのペンネームに市川 睦月(いちかわ むつき)、小谷 夏(こたに なつ)、林 紫乃(はやし しの)など。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/久世光彦

かなり昔のことですが、この人はテレビ業界では伝説になった演出家兼プロデューサーなんです。

70年代に彼が手掛けたドラマは次々に大ヒットを記録しました。

代表作の『寺内貫太郎一家』には、若き日の西城秀樹や樹木希林(当時の芸名は悠木千帆)も出演していたんですよ。

寺内貫太郎一家
寺内周平:西城秀樹
寺内家の長男。18歳〜19歳。大学浪人中で、何かにつけ貫太郎と衝突する。原作では西城秀樹に似ていると書かれている。
寺内きん:悠木千帆
貫太郎の実母。70歳。[要出典]元々は寺内家のお手伝いだったが、二代目貫太郎に見初められて結婚。新潟県出身。
沢田研二の大ファン。自分の部屋に飾ってあるポスターに向かって、毎回「ジュリー〜!!」と叫ぶのがお約束。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/寺内貫太郎一家

多才な久世光彦は作詞家としても才能がありました。

その彼が書いた詞が「無言坂」なのです。

数々のドラマに携わった人らしく、男女の恋や人生の機微を描くのが得意なのでしょう。

シンプルで短い歌詞の中につらい恋に悩み、揺れる女心をうまく表現しています。

揺れる女心は演歌にピッタリ?

つらい恋をするのはいつも女性