あの窓も この窓も 灯がともり
暖かな しあわせが 見える
一つずつ 積み上げた つもりでも
いつだって すれ違う 二人
出典: 無言坂/作詞:市川睦月 作曲:玉置浩二
いよいよ「無言坂」の歌詞に迫ってみましょう。
悲しげなイントロに続いて始まる歌は、窓の明かりに象徴される幸せな家庭を望む彼女の心の中をまず描きます。
たとえば星のきれいな夜、どこかの高層ビルや展望台から見えるたくさんの家の明かり。
好きな人との恋が叶わない女性には、どれもが暖かそうな明かりに見えて自分が不幸に感じてしまうのでしょう。
時間をかけて少しずつ築いたふたりの関係は、残念なことにうまくいっていないようですね。
いつも一緒にいたいのに、すれ違う恋ほどつらいものはありません。
演歌の中で悲しい思いをするのは女性であることが多く、着物で情感たっぷりに歌う姿には悲しみが似合います。
こんなつらい恋 口に出したら 嘘になる
帰りたい 帰れない ここは無言坂
帰りたい 帰れない ひとり日暮坂
出典: 無言坂/作詞:市川睦月 作曲:玉置浩二
思い通りにならない彼女にとってつらい恋。
我慢してきたことを彼に言ってしまうと、恋が終わるのかもしれないという葛藤があるのではないでしょうか。
坂道の向こうには彼が待っているのかもしれません。
その彼に会いたいけど会えばつらい思いを口にしてしまうかもしれない。
口に出したら本心を隠した言葉になっているかもしれない。
迷っているうちに日が暮れていき、夜の訪れとともに彼女の孤独はより深くなるのでしょう。
「帰りたい」それなのに「帰れない」という言葉には、つらい恋はもう終わりにしたい。
だけど愛する彼に会いたいという悲しい揺れる想いがあらわれているように思います。
演歌に似合うギターの調べ
最初のパートが終わったところで感情を揺さぶるようにエレキギターの間奏が入ります。
なぜか演歌にはギターの調べが似合っています。
この曲ではエレキですが、クラシックギターもまた切ない演歌のメロディーによくマッチするのです。
中には自分でギターを弾く人もいて、五木ひろしや吉幾三は見事なギターの弾き語りを聞かせます。
いろいろな演歌でギターの音を聴くことができるので、そこに注目してみるのも面白いかもしれませんよ。
一番を聴いてああ、いいなあと思ったところで入るギターの音は、より聴き手を曲の世界に引込みます。
ドラマも手掛けた作詞家の強烈な言葉
自分をはぐれ犬に例えたインパクトのある歌詞
あの町も この町も 雨模様
どこへ行く はぐれ犬 ひとり
慰めも 言い訳も いらないわ
答えなら すぐにでも 出せる
出典: 無言坂/作詞:市川睦月 作曲:玉置浩二
男性が歌う曲ならばまだ分かるのですが、女性が歌う「はぐれ犬」という歌詞はインパクトが強烈です。
雨の降る町は、これまで何度もつらい恋を経験していることを暗示しているようです。
自分はどこへ行っても悲しい恋しかできない。そんな諦めのような女心が表れていますね。
もうこの恋を終わりにしてここを離れようという、孤独にさまよう姿を「はぐれ犬」と表現したのでしょうか。
彼にぶつけたい気持ちは、その後の拒絶するような歌詞に表れています。
ここにほんの少しだけ強がる気持ちが見えていますね。
だけど彼女は本当に答えをすぐに出せるのでしょうか。
こんな つらい恋
口を閉ざして 貝になる
許したい 許せない ここは無言坂
許したい 許せない 雨の迷い坂
出典: 無言坂/作詞:市川睦月 作曲:玉置浩二
ここではだんだんと強い表現になっていきます。
もうこんなつらい恋は終わりにしたいという彼女の強い思いですね。
ぴったりと口を閉じた貝は容易に口を開くことはありません。
それでも彼に対する揺れる想いは硬い殻の中に閉じ込めることはできないのです。
だんだんと気持ちが昂ぶるそんな様子が、同じ言葉を二度繰り返す最後の歌詞に表れていますね。
雨の降り出した坂道で、彼女はまだ迷っているのです。
坂道の向こうには愛する彼がいる。たぶん彼がいるのは坂道を登ったところなのでしょう。
坂道を登った先には、もしかしたら恋が上手くいくかもしれないという希望があるのかもしれません。
逆に坂道を下る時は、彼女の恋は終わってまたどこかの町へ去っていく時なのでしょう。
雨に濡れた坂道は涙に濡れた彼女の悲しい心を象徴しているようですね。
最後の最後まで迷う切ない女心
雨の無言坂で立ち尽くす女
帰りたい 帰れない ここは無言坂
許したい 許せない 雨の迷い坂
ここは無言坂
出典: 無言坂/作詞:市川睦月 作曲:玉置浩二
最後にもう一度この曲は揺れる彼女の想いを描きます。
迷いに迷う気持ちを対比するふたつの言葉で繰り返すのです。
口に出してしまえばこれまで積み上げてきたはずのふたりの関係が崩れてしまう。
それは何度もつらい恋をしてきたであろう彼女の恋がまた終わることを意味します。
恋が終われば彼女はこの街を出ていくことになるでしょう。
だけど口に出さなければ自分の本当の想いは彼に伝わらない。
雨に濡れた坂道は彼女の恋が叶うように支えてくれるのでしょうか。
それともこの坂道は次の町への出口となってしまうのでしょうか。
いちばん最後を締めくくるのはこの曲のタイトル「無言坂」という言葉です。
もう覚悟を決めなければいけないという、追いつめられたような彼女の気持ちが表れているように思います。
雨の降る坂道に立ち尽くす彼女は、やがてそこを下ってこの町を出ていくような気がしてなりません。
彼女が迷った末に出す答えは、彼と別れることなのではないでしょうか。
演歌にハッピーエンドは似合わないと思うのです。