カエルと少年の間には関係を遮る大きな壁があるようです。

水中と陸上。

放たれた石が落ちゆく水面を境にした二つの世界には、越えることができない境界が存在しています。

楽しそうに遊ぶ子供達や注ぐ太陽の光をカエルは水の中からずっと見守ってきました。そうすることしかできないのです。

カエルは水中に縛られ、陸の世界に行くことはできません。

一体なぜなのでしょうか。

聞こえない歌声

ねえ、きっといつか
笑顔で 空を見て
ずっと前から この場所で
恋の歌ばかり 歌ってた

出典: カエルノウタ/作詞:岩井俊二 作曲:小林武史

下を向いていないで、空を見上げて欲しい。

俯いている彼に前向きになって欲しいというカエルの願いです。

歌い続けていた恋は、きっと少年への気持ちを表しているのでしょう。

カエルは彼に恋心を抱いているのです。

先の歌詞の渡せなかった手紙は、この思いを込めたラブレターだったのですね。

この場所で 歌ってた
ずっと前から いつも同じ恋の歌を
ここにいて そばにいて
声を嗄(か)らして 祈り歌うカエルノウタ

出典: カエルノウタ/作詞:岩井俊二 作曲:小林武史

恋心を歌に乗せて、カエルは歌い続けていました。

長い時間繰り返していることを思わせる歌詞から、かなり昔からカエルはこの場所にいたようです。

近くにいて欲しい。そんな思いを歌に込めます。

ですが、その歌詞が彼に届くことはありません。人間の耳に届くのは、カエルの鳴き声でしかないのです。

たとえ届かなくても、声が枯れてもカエルは歌い続けます。

それほどまでに抱える思いは大きいのでしょう。

カエルの秘密

ひとりの少女

墓標(しるべ)に 花をたむけ
僕らは この先へゆこう

出典: カエルノウタ/作詞:岩井俊二 作曲:小林武史

カエルの抱いていた感情が分かったところで、歌詞の雰囲気が一変します。

静かな水辺の風景が、死を感じさせる空気を纏っていくようです。

誰かのお墓に花を添える光景。

ここから、カエルの正体が推測できます。

カエルの正体、それは昔この場所で死んでしまった少女です。

カエルが気にかけていた少年は彼女と親しい仲だったのでしょう。

その死を受け入れることができず、悲しみに暮れていたのです。

歌の中で彼女はずっと彼を気にかけていたのでした。

歌詞にあった手紙や、昔から歌っていたという表現は彼女の生前を意味しています。

お互いに恋心を抱いていながらも、結局伝えることができぬまま別れを迎えてしまったのですね。

死者に別れを告げて前へと進んでゆく、そんな光景が歌詞に描かれています。

これは、少年が彼女の死を乗り越えて、未来に進んでいったことを意味しているのです。

二つの世界

水面(みなも)に 揺れる月と日が
穿(うが)ち綴(つづ)り続く
血の滲(にじ)む汽水(きすい)の道

出典: カエルノウタ/作詞:岩井俊二 作曲:小林武史

太陽と月が水面を通り抜けてゆく。この歌詞は月日の流れを表していると推測できます。

過ぎ去っていく長い時間を意味しているのでしょう。

汽水とは淡水と海水が混じり合った水をいいます。

この言葉は隔てられた二つの世界、生者と死者が混じり合っていることを意味しているのです。

生きている少年と、死んでしまった少女。水面を隔てて二人がすぐ側にいたことを表しています。

また、生と死は常に隣り合わせで、いつどちらに転ぶが分からないといった意味合いもありそうです。

主人公がカエルであることから、文字通りの汽水として考えても意味が通ります。

普通のカエルは海水では生きられません。

生者と死者の境目でずっと少年を見守っていた少女。

本来なら自分がいられない世界にぎりぎりまで近づいていたのです。

それはきっと身を裂くような苦痛が伴うことだったのではないでしょうか。

言葉通り血を滲ませて。少女は必死に耐えていたのです。

そうしてまで少年を見守っていたかったのでしょう。それほどまでに深い愛があったのです。

水面を越えて

あぁ その光の
隔てる その先の先へと きっと
待ってるから 待ってるから

出典: カエルノウタ/作詞:岩井俊二 作曲:小林武史

光が射し込むのは水面の境界を隔てた陸の世界、つまり生者の世界です。

そのさらに先は天国を意味していると考えられます。

少年が自分の死を乗り越え、前を向いていったことを見届けた少女。

安心した彼女は天国へと旅立とうとしているのです。

待っている、と繰り返しているのはいくらでも待つよ、という意味でしょう。

自分の人生を楽しんで、長生きして欲しいという思いですね。

人生を全うした少年が天国にやってくる。

時が巡り、いつか再会を果たせる日を待ちわびるのです。

カエルの正体