「それでも誰も泣いたりはしないし

誰も気付いてさえくれなかった

皆がそこに立ち尽くしているのを私は見たわ

誰もが心配してくれると思っていたけれど」

私が語る悪夢とはゴールデンゲートブリッジを飛び降りたこと自体ではないのでしょう。

おそらく自殺を図ったのに誰も泣きもしないし気付いてさえもらえなかったことが悪夢の正体です。

ビリー・アイリッシュはいまやどこにいても大騒ぎされるような存在になってしまいました。

その彼女が飛び降り自殺をしたのに泣く人はいないというのは夢ならではの話です。

ただ、彼女自身の潜在意識に自殺願望があるのかとハッとさせられます。

まだまだ少女といっていい年齢でスターになってしまった彼女。

しかしUSオルタナティヴの流れを汲むアーティストですからこうした大成功は望んでなかったでしょう。

こうした事例にグランジ・ロックで大成功を収めたニルヴァーナのカート・コバーンを思い起こします。

彼はうつ病でもあったとはいえ大成功してスーパー・スターになったのに最期は猟銃自殺。

もちろんビリー・アイリッシュの「everything i wanted」のエピソードは夢の話です。

しかし成功が目的ではなく新しい音楽を響かせることが最大の関心であるような性格という共通点。

若くしての大成功に戸惑ってしまう姿と自殺願望というキーワードが重なるのは不吉な予兆です。

実際にビリー・アイリッシュが亡くなったらカート・コバーンの死と同様に世界中が悲しみに暮れるでしょう。

しかしこの歌の夢の中ではその死を気付きもしない私たちの姿が描かれているのです。

あなたが傍にいてくれる

I had a dream
I got everything I wanted
But when I wake up, I see
You with me

出典: everything i wanted/作詞:Billie Eilish O'Connell Finneas Baird O'Connell 作曲: Billie Eilish O'Connell Finneas Baird O'Connell

「私は夢を見たわ

欲しがっていたものはすべて手にしてしまった夢

でも私が覚醒めて目にするもの

それは私と一緒にいてくれるあなたなの」

短いプレ・コーラスの部分です。

ここでの夢は先ほどご紹介したゴールデンゲートブリッジからの飛び降り自殺と人々の無関心

この夢を実際に語り手の私はどのように捉えているのでしょうか。

望み通りになる内容だったけれど悪夢ともいえる。

私の中で夢への評価は微妙なものとして揺れ動いています。

この夢は確かに私の望みを叶えるものなのでしょう。

ただし、人々の無関心さまでは希望の外にあったのかもしれません。

死後の周囲の反応を気にしないからこそ自ら死を選んでしまうのです。

しかし実際に人々が自分の死に関心を寄せなかったことは非常に怖いことでした。

私の引き裂かれるような想いが歌詞にも歌唱にも翳りとなって反映されています。

その夢から目を醒ました先にいるのはあなたです。

愛する人なのかは不明ですが、一緒に寝ている設定ですから近しい人でしょう。

そのあなたのセリフが私の心を打つのです。

もう少し先を見てください。

あなたの優しい答え

兄・フィネアスという存在

ビリー・アイリッシュ【everything i wanted】歌詞の意味を和訳しながら徹底解説!の画像

And you say, "As long as I'm here, no one can hurt you
Don't wanna lie here, but you can learn to

出典: everything i wanted/作詞:Billie Eilish O'Connell Finneas Baird O'Connell 作曲: Billie Eilish O'Connell Finneas Baird O'Connell

「それからあなたがいうの『僕がここにいる限りは誰も君を傷付けたりはしない

ここで嘘は付きたくないよ でも君は学ぶことができる』ってね」

ふたりで一緒にいるベッドルームだけが私にとって安心できる場所なのだとあなたは請け負います。

あなたは私を愛しているのですが、その愛し方に不思議な癖があるのです。

こうしたらいいよみたいな説教めいた話しぶりを感じさせます。

独特な上から目線での話し口なのです。

そうはいっても私はこのあなたに反感を抱いたりはしません。

ふたりにとって私を優しく諌めるあなたという図式は自然なものなのでしょう。

ビリー・アイリッシュ本人にとってこうした存在であるのは共作者であり兄でもあるフィネアスです。

しかし兄妹で眠りをともにしているとは思えません。

ただ、何でも相談しあえる関係であり、ビリー・アイリッシュのよき家族のフィネアス。

彼の姿がこの歌のあなたのモデルになったことは十分考えられます。

フィネアス自身もこの歌詞に携わっているのですから意思は反映されているでしょう。

いずれにせよ悪夢のようなものを見て覚醒めた朝に傍で優しく諭してくれる人の存在は重要です。

私もあなたの言葉には一定の信頼を置いているのが分かります。

ビリー・アイリッシュという現象

ビリー・アイリッシュ【everything i wanted】歌詞の意味を和訳しながら徹底解説!の画像

If I could change the way that you see yourself
You wouldn't wonder why you're here
they don't deserve you"

出典: everything i wanted/作詞:Billie Eilish O'Connell Finneas Baird O'Connell 作曲: Billie Eilish O'Connell Finneas Baird O'Connell

「『君自身の自己評価の仕方を僕が変えられたならば

自分がここにいる理由なんて君は不思議に思わないだろうね

彼らは君に相応しくないよ』ってね」

あなたのセリフの続きです。

あなたがいかに優しく私のことを諭しているのか分かるでしょう。

あなたは私の自己評価のやり方を変えてみせたいというのです。

私はいつも自分の存在価値を低く見積もってしまうのでしょう。

そのことをあなたは快くは思っていません。

ビリー・アイリッシュの姿が私に投影されているとしたならばこのラインはよく分かるような気がします。

アーティストというものは自信があるからこそ表現を発信する立場にあるのでしょう。

しかし一方で彼・彼女の心のうちには何がしかのコンプレックスが潜んでいるものです。

自分の価値を低く見積もってしまう癖というものがこうした人こそありがちなのでしょう。

特にビリー・アイリッシュは思わぬ大反響を獲て一気にスターダムにのし上がりました。

反面、自分の才能というものがこれだけの反応に相応しいものかどうか悩んでいるのかもしれません。

もちろん彼女の才能は多くの人が認めるものです。

ただそのサウンドはUSオルタナティヴの伝統の上に成り立っているもの。

この界隈の音楽家は相当な音楽的価値を持っていても大成功には導かれませんでした。

万人受けするかのような錯覚を伴うビリー・アイリッシュのブレイクという現象は何なのか。

その点を本人自身が判断しかねているからこそこうした描写が現れるのです。

自分はここにいていいんだという安心感を与えてくれるのはあなたの言葉にこそ根拠があります。

私自身はいつも迷いながら生きているのかもしれません。

あなたがいう「彼ら」には私たちリスナーも含まれているのか。

この点で私たちも自らのビリー・アイリッシュへの評価を見直すきっかけになるはずです。

悪夢はなお続く

皆に弱虫と罵られて

ビリー・アイリッシュ【everything i wanted】歌詞の意味を和訳しながら徹底解説!の画像

I tried to scream
But my head was underwater
They called me weak
Like I'm not just somebody's daughter
Coulda been a nightmare

出典: everything i wanted/作詞:Billie Eilish O'Connell Finneas Baird O'Connell 作曲: Billie Eilish O'Connell Finneas Baird O'Connell

「私は叫ぼうと頑張ってみた

けれども私の頭は水の下に沈んだわ

皆が私のことを弱虫って呼んだの

まるで私が誰の娘でもないかのようにね

悪夢であったでしょうね」

ゴールデンゲートブリッジからの飛び降り自殺。

すでに水面に叩きつけられたのならば98パーセントの割合で死に至ります。

しかしそこは夢の話なので水に浸っても私には意識があるという設定です。

橋の上からのぞいているのでしょうか、皆が私を弱虫だと罵倒します。

自殺など試みる人間は元々生きてゆけるだけの強い心がないものだと思い込んでいるのです。

まっとうに人間扱いもしてくれません。

こんな仕打ちを受けるのならば最後まで無視を決め込まれた方がよかったかもしれないです。

つらい内容ですがともかく夢でよかったという具合でしょうか。

ビリー・アイリッシュはここでも妙なこだわりを示しました。

私の頭は水の下に沈んだのだからここは水の中で録音しようと決意します。

実際に水の中でこの箇所を録音したそうです。

実験精神こそオルタナティヴ・ミュージックの肝に当たるもの。

とはいえ発想も実行力もぶっ飛んでいます。

私は皆からの悪意に晒されるのですが、この内容はリスナーへ刃先が向かいかねません

しかし全部夢であったという設定ならばこうした描写も許されるのでしょう。

リアルで誰かがビリー・アイリッシュを罵倒したシーンではなくあくまでも夢という断り付きです。

多少ですが印象が柔らかくなるはずでしょう。

「対大衆」というスターの使命