新時代の幕開け「FAST CAR」
当時の最先端を行く
2009年12月16日発表、安室奈美恵の通算9作目のアルバム「PAST < FUTURE」。
このアルバムの冒頭に収録された「FAST CAR」は安室奈美恵の新時代の幕開けを宣言します。
これまでの様々な制約から解き放たれて新しい自分を見て聴いて感じて欲しいという彼女の想い。
ブラック・コンテンポラリー・ミュージックの最先端のサウンドに乗せてドライブするような楽曲。
それが楽曲「FAST CAR」に詰め込まれた魅力です。
ぞっこんに恋した男性を「FAST CAR」に例えます。
直訳すると「速いクルマ」。
いったいどんな男性像が描かれているのでしょうか。
主人公は肉食系女子
最高の彼氏がターゲット
ひざまずいても 奪ってでも
手に入れないと 気が済まない
Boy, you're so so fly とめられない
まるで fire みたいなdesire
出典: FAST CAR/作詞:TIGER 作曲: Anne Judith Wik Ronny Svendsen Robin Jensen Nermin Harambasic Chris Young
男性に対して貪欲な主人公の女性とどこまでもカッコいい男性が登場人物です。
後の作品ほど英語で埋め尽くされている訳ではありません。
しかしHIP HOP文化に固有な表現もありますので和訳を添えます。
「ひざまずいても 奪ってでも
手に入れないと 気が済まない
あなたは本当にいかしている とめられない
まるで炎みたいな欲望」
「fly」が特殊な使われ方をします。
黒人文化の中で「クール」「最高」のような意味で使われるのです。
カーティス・メイフィールドの「Super Fly」というアルバム・タイトルから広まりました。
J-POP、J-ROCKバンド「Superfly」のルーツです。
どこから見てもクールな男性に主人公の女性が一目惚れします。
異性に対しては妥協しない女性のようです。
こうした女性像はアイドル時代の安室奈美恵には歌えなかったもの。
この「FAST CAR」が収録されている「PAST < FUTURE」はこれまでの彼女の限界を打ち破ります。
大人のカッコいい女性になった安室奈美恵の魅力を存分に伝えるものです。
アルバム・タイトル通りに過去よりも未来が大事という視点で全編が貫かれています。
男性がいくらカッコいいとはいえ彼の前にひざまずいてモノにする女性は浮世離れしています。
しかし黒人音楽の歌詞にある大げさな表現を上手く引用しているのでしょう。
日本の歌謡史の中ではこうした表現は未知のものでした。
時代の移り変わりを身に沁みて感じるものです。
彼のことを「Boy」と呼びかけます。
「あなた」と訳出しましたが、歳下のいかした男性を手玉に取る女性の狡猾さを想像してください。
何としてでも手に入れたい彼に突然炎のごとく欲情を感じる。
大人の女性の思いに身震いする瞬間です。
「FAST CAR」とは何か
大人の愛の表現
Speed it up, boy
誰にも 乗らせない you're my fast car
手に負えないけど hot (speed it up, speed it up, speed it up now)
出典: FAST CAR/作詞:TIGER 作曲: Anne Judith Wik Ronny Svendsen Robin Jensen Nermin Harambasic Chris Young
早くも「FAST CAR」というタイトル回収をします。
この男性を他の人には渡したくないという想いが滲むのです。
英詩が多いので和訳を添えます。
「あなた、もっとスピードを上げて
誰にも 乗せられない あなたは私の速いクルマよ
手に負えないけど 最高（もっとスピードを上げて、スピードを上げて、今すぐスピードを上げて）」
この「FAST CAR」はドライブと愛の行為を重ね合わせています。
アイドル時代では歌えない歌詞ですが安室奈美恵は大人の愛を表現できるようになりました。
ドライブと愛の行為を重ねることはRCサクセションの「雨あがりの夜空に」などでも使われています。
最初にこのモチーフが使われたのはビートルズの「Drive My Car」という曲でしょう。
「Drive My Car」はその後に愛の行為の隠語として用いられるようになりました。
この曲「FAST CAR」の場合は速いクルマ、つまり性能がよい自動車のように私と最高の相性だと歌います。
最高の男性との肉感的な愛の表現をドライブに例えている大人の歌詞なのです。
歳下の彼ですが肉食系の女性の要求に完璧に応えてくれます。
無理に大人の解釈をしなくても楽しめる歌詞です。
しかしこの曲の背景にあるものは飽くまでも肉感的な愛への欲望であることを知っておいてください。
恋愛の主導権を握る
Give me the key
たまらない let me drive you down the love street
息も出来ぬほどに (gimme that, gimme that gimme that now)
出典: FAST CAR/作詞:TIGER 作曲: Anne Judith Wik Ronny Svendsen Robin Jensen Nermin Harambasic Chris Young
まだまだ恋のドライブは続きます。
ただし少しだけドラマが動き出すのです。
和訳しながら見ていきましょう。
「私にキーを渡して
たまらない 愛の道路の運転は私に任せて
息も出来ぬほどに （あれが欲しい 欲しいの 今すぐ渡して）」
主人公である彼女はクルマのキーを男性から奪い取ります。
ここから先の愛の主導権を握りたいと誘うのです。
彼氏は歳下ですから女性の方が主導権を握る付き合いであるのは当然かもしれません。
ブラック・コンテンポラリー・ミュージックは肉感的な愛を歌うには最適な音楽です。
観念で愛を捉えることが多い日本の内省的な歌たちとは一線を画します。
自動車の運転を代わることと愛の行為で実権を握ることがかけられているのがお分かりいただけるでしょう。
この曲「FAST CAR」が発表された2009年にはトークを中心とした音楽番組が徐々に減少します。
もはやお茶の間のアイドルである必要はなく、ひとりのアーティストとしてリスナーの前に君臨します。
アルバム「PAST < FUTURE」の冒頭を飾るだけあるセンセーショナルな内容の歌詞です。
