月がきれいに光る ここは暗闇と
感情の渦にのった夜が踊った国
朝焼けのきれいさに息をのむ
別れを告げると季節にすぐ追い越されそうで

出典: 国/作詞:崎山蒼志 作曲:崎山蒼志

ため息が出るほど美しい歌詞

ここの歌詞は、崎山さんの感受性の豊かさにただただ脱帽です。

前の歌詞で、「キラキラした夜」は見たくないと歌われていました。

ここの歌詞でもまた、「感情の渦が~」と夜について歌われています。

しかしここで歌われている夜は、「僕ら」が見ていたい夜なのでしょう。

泣いている君を隠してしまうような輝きなんていらない。

「感情の渦」それと共に踊ってくれるような夜がいい。

「僕ら」がつくる「国」の夜は、明るくはないかもしれません。

けれど、誰も置き去りにしない優しい闇があるでしょう。

そんな夜に身を任せることができたなら、きっと朝焼けのきれいさにも気付けるはず。

過ぎていく季節と、訪れる季節。

「僕らは」はいま、その狭間に立って歌っているのでしょうね。

季節と共に生きていく

今 夏が終わってく
今 秋が始まる
今 冬が終わってく
今 春を感じる

出典: 国/作詞:崎山蒼志 作曲:崎山蒼志

季節を感じる。その余裕が、私たちにはあるでしょうか?

忙しない日常に疲れ果て、時間にばかり置いていかれてしまう。

そんな生き方はしたくない。

季節について歌ったここの歌詞からは、そんな想いが感じられます。

「僕ら」がつくる「幸せそうな国」。

そこはきっと、いま生きている現実よりも時間がゆっくり流れていることでしょう。

だから、夏の終わりを知り、秋の始まりを感じられる。

同じように、冬の終わりを知り、春の始まりを感じられる。

季節と共に生きていくことができる国。

すなわち、忙しさに自分を殺されない生活。

それが「僕ら」の理想なのではないでしょうか?

変えたい現状とは?

「国」をつくろうとするのは、現状を変えたいから。

では、その現状とはいったいどういうものなのでしょうか?

「僕ら」が日々感じている不安や不満について、読み解いていきます。

不安から抜け出したい

笑っても無駄だよ 全部知ってるの
なぜだか不安になるの

出典: 国/作詞:崎山蒼志 作曲:崎山蒼志

「全部知ってるの」と歌っていますが、何を知っているのでしょう?

それは恐らく、笑顔の裏に隠された悲しみについて。

現実なんてこんなもの。

そう言って何もかも受け入れて生きていく。

そんな生き方もできなくはないでしょう。

しかしそれは、自分を騙す生き方でもあります。

本当は納得していないのに、納得したフリをしなければならない。

やりたくないことをやって、やりたいことはできないまま。

だけど、これが現実だから。

そう笑ってみせても、「僕ら」はそれが強がりであることを知っています。

その証拠に、きっと胸のなかは不安でいっぱいになっているはず。

すべて受け入れたところで不安は消えない。

いつも何かに怯えていなければなりません。

「僕ら」はそんな現状を変えて、「幸せそうな国」をつくりたいのではないでしょうか?

「国」は妄想のなかにしか存在しない

この曲で歌われているのは、「僕ら」の理想。

こんな世界で生きていきたい。

こんなふうに生きられたらいいのに。

それは言ってしまえば、妄想でもあります。

この曲で歌われている「国」は、妄想のなかにしか存在しない。

だから、どこか捉えどころのない世界観に仕上がっているのでしょうね。

君の夢を聞かせて

ねえ君の話はなに
どう答えてもいいから
ねえ君の話はなに
揺れる木々がまた夢みたいに
ねえ君の話はなに
どう答えてもいいから

出典: 国/作詞:崎山蒼志 作曲:崎山蒼志

繰り返される「ねえ君の話はなに」というフレーズ。

これは自分の夢や理想を語ったあとに、「君はどう?」と尋ねている様子なのでしょう。

子供のころ、内緒話をするように、友達と夢について語りあった思い出はありませんか?

その夢は現実ではとても叶えられないほど大きな夢だったかもしれません。

でも、きっと叶うと信じていた。

この曲は、そんな無邪気さも含んでいるように思います。

子供のころの壮大な夢が、現実になる世界。

そんな世界を自分たちが生きる「国」にしていけたらいいのに。

しかし、それはやはり妄想にしかなれないのでしょうね。

夢のなかに逃げよう