周りの景色が突然ゆっくりとした動きに見える。

そんな経験はないでしょうか。

普通に動いていたはずの人も物もそして自分自身も一瞬でスローモーションに変わるのです。

この曲のMVでもサビに合わせて映像がスローになります。

ドラマ映画などではよく使われる表現です。

でも、実際に体験したことがある人もいるのではないでしょうか。

そのきっかけとなるのは大抵、心に何か強い衝撃を受けることです。

例えば恋をしてしまった時のような。

あなたの体をすぐそばで感じたい、一晩中

ベイビー、音楽をゆっくりにして

主人公はこの「Slow down the song」を何度も繰り返します。

まるで熱に浮かされているかのように。

”ゆっくり”になった世界で

心への衝撃を受け止めたり受け入れるのには時間がかかるものです。

景色がスローモーションに見えるというのは、その人だけが感じている時間の長さです。

ゆっくりと時が流れてくれれば、その分大きな衝撃を受け止める準備ができます。

そのために、と反射的に思って、心が時間をスローに感じさせてくれるのでしょう。

とはいえそれは体感の話であり、世界に流れる時間は平等で有限です。

そしていくらこちらが恋をしても、相手もすぐさま同じように感じてくれるとは限りません。

だからこそこの曲の主人公は繰り返します。

「音楽をゆっくりにして」と。

音楽がゆっくりになればその分、相手に「検査」してもらえる時間が増えます。

そうすれば相手に心を開いて魅力をアピールできます。

自分を恋愛の対象として受け入れてもらうための時間がより長くとれるのです。

計算高いようにも聞こえるでしょうか。

けれどセレーナのどこか甘い歌声によって、真剣でかわいらしい願いとして響いてきます。

”Mr.TSA"の正体

「音楽をゆっくりにして」はわがままな願い?

きらびやかでテンポが速いダンスミュージックは気分を高揚させます。

この曲と同様にリズムを落としても"踊れる"曲はたくさんあります。

しかしただ単に速度を落としただけでは、冗長になってしまうものです。

つまりDJの腕やセンスによってもフロアの雰囲気は采配されるのです。

主人公は曲の舞台であるパーティーのような場に慣れている様子が伺えます。

とすれば、かかっている音楽をただゆっくりにしたらどうなるかわかっているでしょう。

場はしらけ、周りだけでなくもしかしたら意中の相手も熱が冷めて盛り下がってしまう。

それでもかまわないと、自分勝手な願いを抱いているのでしょうか。

もちろん心の中は自由ですから、願うだけで叶えようとはしていないともとれます。

けれどこれだけ繰り返していてタイトルにもなっているキーワード「Slow Down」です。

確信めいた何かがあるのではないでしょうか。

本当に主人公の願いが叶っても悪い結果にはならないという確からしいもの

それは一体なんなのでしょう。

”これから”な二人

少し曲を戻して歌詞を見てみましょう。

Mr.TSAと語りかけた後、主人公はさらに相手に向かってこう言います。

Sh-sh-show me how you make a first impression

出典: Slow Down/作詞Lindy Robbins,Julia Michaels,Niles Hollowell-Dhar,David Kuncio,Freddy Wexler 作曲The Cataracs,David Kuncio

「あなたが第一印象をどうやって作るのか教えて」

おわかりでしょうか。

主人公は相手が自分に第一印象をどう作るのかわからないのです。

挨拶するのか、にこりと笑いかけるのか、ぶっきらぼうに会釈するのか。

どんなふうに接してくるかをまだ知らないのです。

つまり二人はまだきちんと相対したことがないということです。

けれどすでに主人公は相手に夢中になっています。

そばに居たい、自分を隅々まで知ってほしいと思うほどの強い感情を抱いているのです。

また、その先の歌詞にはこんなフレーズがあります。

You know I’m good at mouth-to-mouth resuscitation

出典: Slow Down/作詞Lindy Robbins,Julia Michaels,Niles Hollowell-Dhar,David Kuncio,Freddy Wexler 作曲The Cataracs,David Kuncio

「私、マウストゥマウス(人工呼吸)が得意なの。知ってるでしょ?」

さらに情熱的な畳みかけです。

あれ?けれど相手は主人公とは面識がなかったのではないでしょうか。

それなのにどうして人工呼吸、つまりキスが得意と知っているはずなのでしょう。

それを解くカギも歌詞の中に潜んでいます。

”Mr.TSA”、本当の顔

And when it’s comin’ closer to the end hit rewind

出典: Slow Down/作詞Lindy Robbins,Julia Michaels,Niles Hollowell-Dhar,David Kuncio,Freddy Wexler 作曲The Cataracs,David Kuncio

「曲が終わりそうになったら、“巻き戻し”のボタンを押して」

If you want me I’m accepting applications
So long as we can keep this record on rotation

出典: Slow Down/作詞Lindy Robbins,Julia Michaels,Niles Hollowell-Dhar,David Kuncio,Freddy Wexler 作曲The Cataracs,David Kuncio

「もし私に申し出を受け入れてほしかったら」

「このレコードをできるだけ長く流し続けて」

もうおわかりでしょうか。

そう、主人公が語りかけている相手のMr.TSAとはDJなのです。

つまり音楽を流している張本人

パーティーに出入りしていれば、そこでDJを見かけるのは当然のことでしょう。

レコードを操り人々を熱狂の渦に巻き込む存在です。

そこに主人公は心を奪われたのかもしれません。

しかしそのお相手はフロアで踊ってはいないため直接相対したことはない。

当然、人に対して第一印象をどう作るかもわからない。

もしかしたら別の人と話しているところなどは見たことがあるかもしれません。

しかし、主人公に対してというのはまだ無いと考えていいでしょう。

それどころかアピールのチャンスも限られています。

だからこそ主人公は語り掛けます。

「音楽をゆっくりにして」。

リズムの中に居られる時間をできる限り長くして、と言っているのです。

あなたならこの熱狂を失わせないまま時間をゆっくりにすることができると。