CHEMISTRYってどんなユニット?
デビューのきっかけは「ASAYAN」
CHEMISTRYはテレビ東京のオーディション番組、「ASAYAN」から生まれた男性ユニットです。このほかに鈴木亜美やモーニング娘。なども、この番組から誕生しています。
「ASAYAN」の「男性ボーカリストオーディション」最終選考の一部として、シングル曲「最後の夜」がオリコン初登場9位という偉業を達成しました。
この川畑氏と堂珍氏の二人からなるハーモニーの素晴らしさから、この二人に決定しました。
2001年1月に正式に「CHEMISTRY」として、活動を始めることになります。
CHEMISTRYのお二人のプロフィール
ここでCHEMISTRYの川畑氏、堂珍氏のお二人のプロフィールをご紹介します。それぞれにソロとしても活動しています。
川畑要 (カワバタカナメ)
1979年1月28日生まれ。身長173cm、血液型: A型。立ち位置は向かって右
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/CHEMISTRY
堂珍嘉邦 (ドウチンヨシクニ)
1978年11月17日生まれ。身長174cm、血液型: O型。立ち位置は向かって左。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/CHEMISTRY
CHEMISTRYのこれまでの経歴
デビュー時代は松尾潔のプロデュース
2001年3月にシングル曲「PIECES OF A DREAM」でデビューを飾ります。この時は発売から6週間目にオリコン1位に輝きました。
これはジャニーズ系アイドルを除けば、男性デュオとしては21年ぶりの栄冠です。このシングルはロングランヒットとなり、発売から15週目にはミリオンセラーとなりました。
同年11月に発売したファーストアルバム「The Way We Are」は、トリプルミリオンという偉業を達成しました。
これは男性アーティストのファーストアルバムとしては、歴代1位(オリコン調べ)の記録となります。そして、この年のNHK紅白歌合戦にも初出場を果たします。
2002年1月に日韓合同開催Wカップのテーマソング、「Let's Get Together Now」をまだデビュー前のsoweluや、韓国のリナ・パークなどと一緒に発売しました。
また同年のシングル曲「My Gift to You」が世界で最初の携帯着信音として、起用されました。2003年に発売した二つ目のアルバムもミリオンセールスとなりました。
セルフプロデュースに挑戦‼
2004年2月に発売されたアルバム「One×One(ワン・バイ・ワン)」はCHEMISTRYとしては、初めてのセルフプロデュース作品となります。
2005年1月にはバラードを中心としたアルバム「Hot CHEMISTRY」を30万枚限定で発売しました。
この二つのアルバムはどちらもオリコン初登場1位を記録しました。デビューアルバムから数えて、アルバム5作連続の快挙となりました。
2005年10月にはシングルCD「Two As One」、11月にはシングルCD「almost in love」と2作続けての、Crystal Kayとのコラボレーションが実現しました。
10か月の充電期間を経て
約10か月間の充電期間を終えたあと、槇原敬之をプロデューサーとして迎えて、「約束の場所」と「遠影 feat.John Legend」を続けて発売します。
2006年にはプロデューサーに松尾潔を迎えてのボーナストラック、「Top of the World」を収録した、初めてのベストアルバム「ALL THE BEST」を発売しました。
2008年になるると、5枚目のアルバム「Face to face」を発売し、オリコンチャート3位を記録しました。これまでのアルバムのすべてがチャートインしたことになります。
この年ほかに、バラードコレクション「Winter love」や、ほかのアーティストとのコラボレーション作品を集めた「the CHEMISTRY joint album」を発売しています。
ソロ活動へ
2012年4月「CHEMISTRY TOUR 2012 -Trinity-」の最終公演をもって、CHEMISTRYとしての活動を休止することを決定しました。
これはそれぞれのソロ活動をより充実したものにするためです。翌日にCHEMISTRYの公式サイトにて正式発表となりました。