歌謡史に燦然と輝く「また逢う日まで」
尾崎紀世彦・阿久悠・筒美京平
尾崎紀世彦、1971年の大ヒット作「また逢う日まで」。
100万枚近いセールスを記録しその年の日本レコード大賞と日本歌謡大賞を同時受賞した傑作中の傑作です。
歌は時代を越えて愛され続けて今日までたくさんのアーティストがこの曲をカヴァーしています。
男女ふたりの寡黙な別れの姿を描いた歌詞が共感を呼びました。
その歌詞を支える豪華なサウンド・プロダクション。
筒美京平による分かりやすいメロディの力強さ。
そして何よりも豪快な尾崎紀世彦による日本人離れした声量での歌唱の素晴らしさ。
すべてのエレメントが一体となり人々の心を鷲掴みにします。
別れる理由を話し合わない若い男女の姿に当時の人々は潔さを感じたのでしょう。
僅か2分55秒の歌。
壮大な曲調にもかかわらず歌詞の分量は驚くほど少ないです。
それでも僅かな言葉が人々の心を捉えて離さなかったのですから阿久悠の天才ぶりに舌を巻きます。
この曲の背景を鑑みながら歌詞に残された謎を紐解いてゆきましょう。
「また逢う日まで」の誕生前夜
第4の男・村上司(むらかみ まもる)
「また逢う日まで」が完成するまでこの曲は茨の道を歩んでいました。
原曲は三洋電機のCMソングとして筒美京平が書き下ろしたものです。
その曲に「アンパンマン」の作者・やなせたかしが歌詞を書き槇みちるという歌手が歌いました。
しかしスポンサーの方針でボツになります。
ここでキーパーソンが登場します。
筒美京平の楽曲を管理していた日音に所属していた村上司です。
後にJASRACの理事に就任するほどの大人物になる方ですので覚えておいてください。
村上司はこの曲のメロディの力強さに取り憑かれるような魅力を感じたようです。
CMソングとしてはボツになりましたがどうしてもこの曲を世に送り出したいと執念を燃やします。
彼は阿久悠に作詞を依頼し「白いサンゴ礁」のヒット曲があるズー・ニー・ヴーに歌わせるのです。
1970年に発表された「ひとりの悲しみ」という曲。
しかし「安保闘争に敗北した青年の気持ち」に寄り添うという阿久悠の歌詞が受けませんでした。
結局ヒットには至りません。
しかし村上司は執念を捨てきれないのです。
筒美京平が生んだメロディへの絶大なる信頼が彼に発破をかけます。
なんと天才・阿久悠に歌詞の書き直しをお願いするのです。
村上司は後にJASRACの理事になる大人物ですが当時はまだ日音の社員に過ぎません。
おそろしい胆力と肝の座りようです。
再三のお願いに当初は書き直しを渋っていた阿久悠も折れます。
そして書き上げたのが「また逢う日まで」の歌詞です。
「また逢う日まで」については阿久悠と筒美京平、そして尾崎紀世彦ばかりに視線がいきます。
しかしこの村上司という日音の社員の奮闘努力なくしてはこの曲は陽の目を見ることがなかったのです。
知っておきたいスーパー・サラリーマンの影。
前置きが長くなりましたがこの前哨戦の推移を知らないと「また逢う日まで」の歌詞の謎も解けないです。
それでは「また逢う日まで」の実際の歌詞に目を移しましょう。
別れの歌なのにドロドロしない
おそるべし尾崎紀世彦
また逢う日まで逢える時まで
別れのそのわけは話したくない
なぜかさみしいだけ
なぜかむなしいだけ
たがいに傷つきすべてをなくすから
出典: また逢う日まで/作詞:阿久悠 作曲:筒美京平
有名な歌い出しです。
切なさ全開の歌詞なのですが別れというものについての潔さも存分に感じられます。
男女の執念がドロドロした別れの歌とは次元を異にする歌詞なのです。
尾崎紀世彦の素晴らしい歌唱力にもまずびっくりするはず。
まず声量が半端ないですから表現の幅が豊かなのです。
潔いお別れの姿
別れの理由を話し合わないふたり。
詰り合いになってしまうことが如何にふたりの人生の美学に反するかを表現しているのでしょう。
男女が別れを決心する際にその主要因はあってもすべての理由がそこにある訳ではないです。
副次的な理由や様々な行き違いが生じた結果で仕方なく別れを決めるというのが本来の姿でしょう。
別れの理由をひとつに絞るのは幻を視ているのと同じです。
お互いが通った文脈をよく読むと仔細な理由がもっと様々に立ち現れるのが現実。
あのことが赦せないからなどと別れ際に相手を詰るのはみっともないことです。
「昭和の美学」かもしれません。
もしくは昭和でもこうした潔い別れは少数だったかもしれない。
いついかなる時代にも別れるときは「また逢う日まで」と言い残し去ってゆくのが潔いはず。
現実は中々そうもいきませんが傷つけあって別れることの醜悪さは意識しておきたいものです。
次の話は「また逢う日まで」
最後に心が通う
ふたりでドアをしめて
ふたりで名前消して
その時心は何かを話すだろう
出典: また逢う日まで/作詞:阿久悠 作曲:筒美京平
別れるふたりの最期の共同作業です。
別れる最期の最後にふたりの心が通い精神のみで会話を交わすだろうと期待します。
その話し合いはおそらく簡単な言葉です。
「また逢う日まで お互い元気で」
今はふたりの心にそれぞれのわだかまりが棘となっているから、その棘でお互いを刺すことはやめよう。
いずれの日にまた逢うことがあったならかつての日々を懐かしんで心の裡を明かそう。
その頃には笑い話にできているだろうから。
最期までお互いを気遣う心があるふたり。
若いふたりですが人間が良くできているなと思わされます。