昔は信じてすらいなかった「美しい惑星」

これまでに数え切れないほどリリースされてきたスピッツの楽曲たち。
それらを思い返してみると、ボーカルの草野正宗さんが紡ぐ個性的なワードが印象的です。
他ではあまり聞かない、それでいて簡単にイメージできる言葉の数々。
これこそが、スピッツの楽曲をよりリアルに印象付けている理由と言えます。
年配の世代から若い世代まで、多くの人の心にあり続ける草野正宗さんの声……。
「紫の夜を越えて」もまた、人々の耳に、心に、すんなりと溶け込んでいくでしょう。
君が話していた「夢」のような話
君が話してた 美しい惑星は
この頃僕もイメージできるのさ 本当にあるのかも
出典: 紫の夜を越えて/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
長い間一緒にいた「君」は、よく夢のような話をしていました。
女性なのか、はたまた男性なのか、年齢すらもわからない「君」……。
しかし、「僕」にとって心を許せる存在であることは確かです。
そんな君の思い描く遠い宇宙の話は、僕にとって到底信じられない空想のお話でした。
「そんなものあるわけない」
そう言ってあしらっていた君の言葉でしたが、最近はようやく君の気持ちが読み取れるように。
「こうだったらいいな」「こんなものがあったらいいな」
そんな希望にあふれたお話を、ようやく受け入れられるようになってきたのです。
空っぽだった僕も少しだけ余裕を持てるようになった、という状況をイメージさせますね。
重くのしかかる現実
いつも寂しがり 時に消えたがり
画面の向こうの快楽 匂いのない正義 その先に
出典: 紫の夜を越えて/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
君の思い描く世界とは裏腹に、現実は僕の心に重くのしかかってきます。
誰かを求め、1人になりたくないという気持ち。
そして、それと相反するように生まれてくる、1人にしてくれよという気持ち。
この2つは真逆のようで、実は紙一枚挟んだ隣にいるようなものなのです。
そんな対立する気持ちを抱えながら、何とか現実を生きていく僕。
これは僕にだけ当てはまるわけではなく、現代を生きている多くの人に当てはまります。
テレビの中では楽しそうに、充実した日々を過ごす人の特集をやっています。
しかし自分にはそんな快楽などなく、ただ代わり映えのない日々を過ごすしかありません。
SNSなどで他人を批判し、形だけの中身のない正義を振りかざす人々……。
そんな血の通わないやり取りの先に、何を見出せばいいのか、分からなくなってしまいそうです。
自分という小さな小さな存在
紫の夜を越えていこう いくつもの光の粒
僕らも小さな ひとつずつ
出典: 紫の夜を越えて/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
ここで初めて登場した、タイトルにもなっている「紫の夜」。
越えなければならないということは、決して素敵な夜ではないということです。
これまでに体感してきたどうしようもなく重たい現実の数々を、夜に思い返してみる。
夜の闇の中では、どれだけ考えてもいい考えなど浮かびません。
越えなければならないのは、「1人ぼっちの夜」なのです。
この星では、数え切れないほどの人間が「1人ぼっちの夜」を越えて生きています。
そんな小さな小さな存在である自分でも、光輝いていることには変わりありません。
小さな光が集まって、広大な宇宙になるように……。
美しい惑星も、1人きりでは決して輝けないのです。
スピッツが届ける「リアル」
やるせない1日がまた、始まる
なぐさめで崩れるほどの ギリギリをくぐり抜けて
一緒にいて欲しい ありがちで特別な夜
出典: 紫の夜を越えて/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
2番で歌われているのも、やはり続いていく毎日のやるせなさです。
自分はまだやれると活を入れて、自分に嘘をつきながら一生懸命になって……。
そんな強がりの積み重ねは、わずかな優しい言葉で全部無駄になってしまうほどにもろいものです。
しかし、自分を奮い立たせるためには、強がりながらやっていくしかない。
そんな毎日を、どれだけの人が送っていることでしょうか。
スピッツは、ある1人の物語を歌にしながらも、多くの人が共感できるようなストーリーを描いています。
「ありがちで特別な夜」という強烈な、そして自然なフレーズ。
日々過ごす夜は、自身の捉え方で特別にも、そしてありきたりにもなるのです。