「青春狂走曲」と忘れ得ぬ人
1995年7月21日発表、サニーデイ・サービスの通算2作目のシングル「青春狂走曲」。
後にリリースされた名作アルバム「東京」にも収録されたファンにとっては馴染み深い楽曲です。
作詞作曲はもちろん曽我部恵一ですが、この曲を聴くとドラムの丸山晴茂のことを思い出してしまいます。
フォーキーな初期のバンドのイメージをお持ちの方は意外かもしれません。
ライブでのサニーデイ・サービスは文句ないほど素晴らしいロック・バンドでした。
その屋台骨を支えながらも鮮烈な印象をもたらしてくれたのがドラムの丸山晴茂です。
「青春狂走曲」の歌詞をいま聴くと友への語りかけの箇所で胸が騒ぎます。
天国へ召された丸山晴茂があちらの世界でもいいプレーをしてくれていることを願いたくなるのです。
当時、24歳の若者たちが音楽界をかき回すために夢中で紡いだ音楽がここにあります。
しかし「青春狂走曲」を聴くと多くのリスナーは長閑さのようなものも感じるはずです。
できるだけ肩肘張らずに気楽に生きていこうと誓いあった日々が甦る感じがします。
あまり熱く生きることはしたくないという1990年代固有の青春群像劇を懐かしく思うのです。
サニーデイ・サービスというバンドのオリジナリティが徐々に鮮明になってゆく姿を楽しんでください。
それでは実際の歌詞をご覧いただきましょう。
青年の覚醒め
今日の天気に願うことは
今朝の風はなんだかちょっと
冷たく肌に吹いてくるんだ
ぼんやりした頭がすこししゃんとするんだ
出典: 青春狂走曲/作詞:曽我部恵一 作曲:曽我部恵一
歌い出しの歌詞になります。
登場人物は語り手の僕と友だちか恋人に当たるきみです。
僕ときみの関係は明示されていません。
この頃の曽我部恵一の歌詞の傾向だと恋の相手と考えた方が自然だとは思います。
ただし、バンドメンバーのような身近な友だちである可能性も捨てきれません。
解釈はどちらでもできるように綴られています。
リスナーの皆さんに語りかけているように思える人もいるはずです。
僕は覚醒めてすぐ天候を確認します。
窓の外を眺めて雲行きを見定めて今日はどんな服装をしようかと考える一瞬です。
シングル「青春狂走曲」は7月という暑い盛りにリリースされました。
その割に朝の空気の冷えた印象が生々しいです。
実際に曽我部恵一が作詞したのは冬か春先かもしれません。
寝ぼけ眼でいる僕を適度に冷やしてくれる今日の天気に何を願うのでしょうか。
いずれにせよ1日のスタートというものはとても大切なものに違いありません。
かなりブルーな心境だけれど
憶えてない夢のせいで心が
何メートルか沈み込むんだ
熱い濃いコーヒーを飲みたいんだ
出典: 青春狂走曲/作詞:曽我部恵一 作曲:曽我部恵一
僕は見た夢によって少しショックを受けているようです。
しかしその夢を覚えていないとも打ち明けます。
夢の記憶というものは現実と混同しないように覚醒めてすぐに忘却の彼方に消えてゆくものです。
しかし夢での体験が人に与える影響というものはあまりにも大きいものでしょう。
ジークムント・フロイトが「夢判断」という著名な書物を遺しています。
しかしフロイト以前の多くの思想家・心理学者も夢というものの正体に迫ろうとしました。
現代では夢とは現実との記憶の整理をするプロセスだと解釈されています。
そうなると夢によってダメージを得た僕は過去に辛いことを実際に体験したということでしょう。
この記事で曽我部恵一の夢の分析をする訳にはいきません。
まずもって夢というものを本人が忘れてしまっていますから分析などできないのです。
ただ、僕にとって嫌な夢であったことは推察できます。
思わずブルーになったというのですから穏やかではありません。
気分を切り替えるために1杯のコーヒーに頼ろうとする僕を描いています。
この辺りの描写から僕がひとり暮らしであることがうかがえるでしょう。
朝からずっとひとりでいる風景というものは寂しくも感じます。
サニーデイ・サービスというと恋人との風景をよく思い出すものです。
しかしこの楽曲「青春狂走曲」では孤独な僕の姿が浮かび上がります。
それでも僕には語りかけるべき人びとがいるようです。
続く歌詞をご覧いただきましょう。
きみに問いかけよう
苦境でも少し呑気な僕は
そっちはどうだい うまくやってるかい
こっちはこうさ どうにもならんよ
出典: 青春狂走曲/作詞:曽我部恵一 作曲:曽我部恵一
僕には語りかけるべき恋人や友人がいます。
ひとり暮らしをしていても孤独に打ちひしがれているような青年ではありません。
また僕がまず相手に気遣っている点にも注目しましょう。
最初に相手の様子をうかがうような言葉を投げかけるのです。
僕は自分の都合だけをペラペラと喋りたくて仕方がないという人物ではありません。
人の都合や事情に気を使える姿というのは曽我部恵一というアーティストの素顔に近いです。
いまの心根の優しいパパの姿は、この若い頃から一貫した性格だったのでしょう。
そうはいっても僕にも聞いて欲しい話はあります。
先ほど見たように僕の覚醒めはあまりいいものではありませんでした。
夢によって何か嫌なことを思い出してしまったようです。
僕は実際に朝から誰かに電話をして話を聞いて欲しいと願っている訳ではありません。
朝の空気に投げかけて放り出してしまうように手に負えない気持ちを告白するのです。
いかんともし難い状況に落ち込んでいると歌う割に楽曲は長閑な響きがあります。
切迫して自身のSOSを発している訳でもないのです。
ただ状況が好転することを祈る気持ちだけを打ち明けます。
1995年という曲がり角で
今んとこはまあ そんな感じなんだ
出典: 青春狂走曲/作詞:曽我部恵一 作曲:曽我部恵一