どこよりも冷たい風の中で
マッチを擦れば おろしが吹いて
線香がやけに つき難(にく)い
さらさら揺れる 吾亦紅
ふと あなたの 吐息のようで
出典: 吾亦紅/作詞:ちあき哲也 作曲:杉本眞人
始まりの4行の歌詞の中に、この歌の印象的な風景が描かれています。
まず歌の主人公がお墓参りに訪れたシーンが綴られていますね。
歌詞の中からは独りで来たことも分かります。順番に見ていきましょう。
「おろし」は山から吹き下ろす強めの風。その風に炎が揺れて「線香」に上手く火がついてくれない。
誰かが一緒にいれば風を除けるために、手を差し伸べてくれるでしょう。
でもそのような相手がいないので歌の主人公は苦戦をしています。
独りで火をつけながら目に入ったのが、タイトルでもある花「吾亦紅(われもこう)」でした。
季節になればひっそりと野原に咲く花です。花も強い風に揺れているのでしょう。
その様子が「さらさら」と表現されています。
吹く風はあえて気にしない、だから逆らうことなく揺れている花の姿。
そして歌の主人公はそれを「ため息」と感じたのです。
ため息が聞こえたのではなく、ため息をつく様子に見えたのでしょう。
息を吐いたとしても周りが気付くようなことを「あなた」はしない、というよりできなかったはず。
目を追っていなければ分からなかった、小さくため息をつく姿。
歌の主人公しか知らない「あなた」の姿だったのでしょうか。
許されなくても
だらしなさを恥じて
盆の休みに 帰れなかった
俺の杜撰(ずさん)さ 嘆いているか
あなたに あなたに 謝りたくて
出典: 吾亦紅/作詞:ちあき哲也 作曲:杉本眞人
亡くなった人がこの世に戻ると伝えられている「お盆」。
働いているとこの時期が夏休みになるケースが多いでしょう。
この期間に故郷などに戻って故人を迎える準備をします。
そのような大事な時期に戻ることができなかった歌の主人公。
時期が分かっているのなら、あらかじめ計画を立てていれば戻れるはずでしょう。
でも「杜撰」だからそれができなかった自分を、とがめられても仕方が無い。
詫びるしかない、自分のだらしなさを申し訳ないと思うしかないのです。
そして歌の主人公が話しかけている相手は、まだ誰であるかは明確になっていません。
「あなたに」という呼びかけは少し他人行儀に感じてしまいます。
それでも切々と訴えかけるように謝罪をする相手は誰なのか、もう少し歌詞を進めてみましょう。
言い訳
仕事に名を借りた ご無沙汰
あなたに あなたに 謝りたくて
山裾の秋 ひとり逢いに来た
ただ あなたに 謝りたくて
出典: 吾亦紅/作詞:ちあき哲也 作曲:杉本眞人
休みを取って戻ることもできたはずの日々。
しかも親族が集まるお盆なら、もしかしてという期待をされていたでしょう。
そんな時にも戻ることは無かったのです。
再びここでまた呼びかけるのは「あなたに」。
本当ならいつも呼んでいた呼び方で伝えたいことを隠しているのでしょうか。
それよりも今さらそう呼んでも、返事は返ってこないことを思い知っているのでしょう。
周りには誰もいない「ひとり」ならば気兼ねなく呼んでも良いはずです。
でも呼べない後ろめたさ。謝るけれどどうしても過去と同じ呼び方はできません。
そうするしかなかった…
精一杯
小さな町に 嫁いで生きて
ここしか知らない 人だった…
それでも母を 生き切った
俺 あなたが 羨ましいよ…
出典: 吾亦紅/作詞:ちあき哲也 作曲:杉本眞人
歌の主人公が後悔をしながらも「あなたに」としか言えなかった相手。
ここでその相手が親、しかも「母」であることが分かる言葉が出てきました。
そしてその人生をなぞるような歌詞がここには綴られています。
1度その家に入ったのなら、そこで人生を終えることが当たり前だった時代。
時にはどこかに出かけて知らない世界を見る機会も、ほとんど無かったのでしょう。
家と子供を守ることだけで終わった人生。
それでも歌の主人公の目には「与えられた役割を果たした」と映るのです。
先程の歌詞にあった「杜撰」な自分を再び思い知ったのでしょうか。
名前を呼ばれることも無く、狭い世界しかしらない人生だけど、それすら叶わない自分の不甲斐なさ。
以前はそのような人生を否定していたのかもしれません。
今になって「母」と「嫁」という立場で懸命に生きていた人だったことを、納得したのでしょう。