1970年代とクールファイブ

【噂の女/内山田洋とクールファイブ】歌詞を考察!誰にも理解されない…やりきれない女心が染みるブルースの画像

1970年代を中心に活躍したクールファイブ

長い下積み時代を経て花開いたその実力には定評があります。

クールファイブの魅力と「噂の女」が流行した1970年代についてみていきましょう。

混在の時代

1970年代は、高度成長期を終え日本の何もかもが上向き華やかさを増していた時代です。

その一方で、戦後の泥臭さ、貧しさの残りが混在するそんな時代でした。

そんな中、クールファイブは下積み時代を経験し、ヒットメーカーに成長していきます。

時代の「明と暗」を直接体感しながら歌っていたグループといえるでしょう。

今回ご紹介します「噂の女」。

ここに描かれた物語は、華やかになろうとしている時代の中の暗い部分です。

白か黒かで物事を区切りきれないのが世の常。

そんな、混とんとした時代に歯を食いしばって生きる女性の姿。

「噂の女」を読み解いてみましょう。

女心とは

女心の悲しさなんて
わかりゃしないわ 世間の人に
止して 止してよ なぐさめなんか
嘘と泪のしみついた
どうせ 私は噂の女

出典: 噂の女/作詞:山口洋子 作曲:猪又公章

歌に良く歌われる「女心」。

女心とはいったいどんなものなのでしょうか。

どんなときに使われるのでしょうか。

女の悲しみ

女心とは、女性に特有の心の持ちよう、または、恋愛時に女性が男性に抱く心境。

などを指すことが一般的なようです。

女性が男性を愛し、そして悲しいと感じるのはどんなときでしょうか。

好きな人から思われぬこと、想いが通じぬこと。

悲しみの所以はいくつも思いつきます。

そのような直接的なものはもちろんです。

それよりも、うまくいかぬとわかっているのに諦められない

愛されないとわかっているのに愛してしまう。

そんなときに特に女性は自分の業を想います。

そして、誰にも理解されない深い悲しみを感じるのではないでしょうか。

世間とは

【噂の女/内山田洋とクールファイブ】歌詞を考察!誰にも理解されない…やりきれない女心が染みるブルースの画像

「世間」の人と自分との間に隔たりを感じるときはどんなときでしょうか。

そもそも「世間」とはいったいどこを指すのでしょうか。

世間とは一般的に我々が生きている社会全般をいいます。

従って、世間と自分に隔たりを感じるとは。

自分が社会からはみ出しているように感じていることを言うのではないでしょうか。

仕事をし、家庭を持ち、粛々と生きている世間の人たち。

その一方で、何かしら世間からはみだしながら生きている主人公。

彼女は今、深い悲しみの中にいます。

そんなときもし、自分が「世間」の一員であれば、悲しみを共有する人がいたでしょう。

傷ついた心を慰めてくれた人がいたでしょう。

しかし、それすらもない主人公。

孤独の中で自分の女心を持て余しながら。

自分の境遇と悲しみを受け止めています。

彼女の生き方

「噂の女」とされるこの歌の主人公。

彼女はいったいどんな女性なのでしょうか。

彼女の人物像を探ってみましょう。

主人公の彼女

主人公の女性は、恋に破れそして傷ついています。

恋を失った悲しみだけでなく、自分の存在を悲しんでいるようです。

泪とは体内からあふれ出て、そしてやがて乾いていきます。

嘘も同様。

言葉として発せられ、相手に届きやがて消えていきます

泪と嘘を発した数と同じだけの、笑いと真実があるならば。

それらはまるで蒸発するように、外に出たら消えていくでしょう。

しかし、泪や嘘を繰り返し繰り返し発していると。

やがてそれは、「垢」のように発した本人にまとわりつくのです。

それを人は染みつくという言い方で表すことがあります。

笑顔や喜びを上回る悲しみが体に張り付いている主人公。

悲しい噂を背負った彼女は、自分の不幸も仕方ないことと受け止めているようです。

夢さえも