吹き零れる程の
3つの「アイ」
2013年にリリースされた、クリープハイプ2作目のメジャーアルバム「吹き零れる程のI、哀、愛」。
バンドを率いる尾崎世界観が、曲作りで最も重視している要素が、「I」「哀」「愛」という3つの「アイ」。
本作の全13曲からは、アルバムのタイトル通り、3つの「アイ」が吹き零(こぼ)れています。
中盤の6曲目にラインナップされている「女の子」も、そんな曲の1つ。
歌われているのは「I」であり、「哀」「愛」。
しかし、よく聴くと、3つの「アイ」のバランスが、どこか崩れているようにも感じる曲です。
もしかしたら、この歌詞の本質は、3つの「アイ」のどれでもないのかもしれません。
思い浮かぶのは、「靄」(もや)の音読みである「アイ」、狭いという意味の「隘」(アイ)。
ストーリーが欠落した歌詞がドラスティックに展開するこの曲は、そんな深読みを誘うのです。
切実なる諦念
「奇妙」さの理由
2012年、メジャーデビューアルバム「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ」をリリースしたクリープハイプ。
うまくいかないリアルな日常を淡々と、諦めにも似たフィーリングで切り取る歌詞が特徴です。
同音異義語の連続や押韻などを巧みに使うことで、サウンドのリズム感までも高めてしまう尾崎世界観の言葉。
悲しいはずの歌詞もどこか冷めた視点で、単純な怒りや絶望に逃げ込む表現には向かいません。
しかし、「女の子」の歌詞は、どこか違います。
歌詞を締めくくるのは、ストレートなフラストレーションと絶望感。
この曲が異端に思えるのは、そうした歌詞のアプローチにあるのかもしれません。
歌詞の途中で明らかになる、驚きの展開とは。
まずは、その歌詞に目を通してみましょう。
女優かモデルか
幸せなラブソング?
まるで夢のような話だった まさか君に会えるなんてね
次の土曜日にって約束した時は凄く嬉しかった
待ち合わせ場所で手を振って 雑踏の中で見つけたよ
君は凄く可愛くてさ どこに居てもわかったよ
出典: 女の子/作詞:尾崎世界観 作曲:尾崎世界観
序盤の歌詞は、幸福感に満ちたラブソングそのもの。
「君」と、デートの約束を取り付けることができた驚きと喜びが歌われています。
文脈から察すると、これが初めてのデートだったのでしょう。
「君」を表す言葉は「凄く可愛くて」。
至極単純な表現である分、「君」に対する主人公の純真な気持ちが伝わってきます。
「どこに居てもわかったよ」というほどの、外見の可愛らしさ。
現在進行形で幸せが続いているような歌詞に、悪い予感はこれっぽちも見当たりません。
曲の始まりとともに、夢見心地の主人公が登場する歌詞。
リスナーの多くは、これからどんな幸せな展開が待っているのかと想像することでしょう。
まさかの展開
でもさよなら そんなのわかってたなら笑い話にでもしてよ
でもそれなら そんなのわかってたならもう少し早く言ってよ
いつもの本屋で手に取って 雑誌の中で見つけるよ
君はいつも可愛いからさ どのページでもわかるよ
だからさよなら こんなのわかってるから 笑い話にでもするよ
たかがさよなら 元に戻っただけなのに 何かが違うんだ
出典: 女の子/作詞:尾崎世界観 作曲:尾崎世界観
しかし、驚きと喜びを歌った直後の歌詞は、その後のたった一言で、信じられない展開を迎えます。
「でもさよなら」
「君」はいきなり、主人公に別れを告げたのです。
この曲の歌詞には、2人の関係に触れている描写は一切ありません。
肝心なストーリーが欠落したままで、突然のショッキングな言葉。
一方的に別れを告げられた理由も、明らかにされていません。
欠落したストーリーに、リスナーはただ唖(あ)然とするしかないのです。
さらに驚かされるのは、「雑誌の中で見つけるよ」という歌詞。
主人公が「凄く可愛い」と表現した「君」は女優なのかモデルなのか。
いわゆる芸能人のような存在であると推察されます。
「雑踏の中で」「君」に会ったのは、つい先ほどのこと。
「さよなら」の後は、「雑誌の中で見つけるよ」とつぶやくしかないのです。
「どこに居てもわかった」ように、今度は「どのページでもわかるよ」と吐露します。
しかし、歌詞から伝わるのは、打ちひしがれた感情だけではありません。
「そんなのわかってたならもう少し早く言ってよ」という、「君」を非難するような言葉。
「元に戻っただけ」と平静を装いますが、吹き零れるような「何か」があるのです。
「さよなら」を「そんなの」「こんなの」と卑下する歌詞には、怒りにも似た感情がにじみ出るのです。
悲しみは怒りへ
紙の匂い紙の感触 冷たくて涙がでる
もう閉じたら二度と会えなくなる気がしたよ
君の匂い君の感触 冷たくて涙がでる
もうこれから 僕は何を信じればいいんだろう
もうこれ以上僕は何を信じればいいんだろう
何を信じればいいんだよ
出典: 女の子/作詞:尾崎世界観 作曲:尾崎世界観