YMOが創り出したテクノ・ポップ・ムーブメント
1980年代はYMOからはじまった
スマホやタブレットでDAWなどが簡単に使える時代には想像するのも難しい「テクノ・ポップ草創期」。
1978年に結成されたYMOがそのトップランナーでした。
ライブでは、ステージ中心に箪笥のように馬鹿でかいムーグ・シンセサイザーが鎮座。
赤い人民服に身を包んだメンバーが無表情にクールな演奏を披露していました。
そのメンバーとは、枯れた風情に哀愁と優しさを滲ませる域に達した、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏。
1980年代初頭は電子音自体への物珍しさも手伝って「TECHNOPOLIS」、「RYDEEN」が大ヒット。
テレビ、ラジオ、街中の至る所で、YMOのテクノ・ポップが氾濫していました。
歌謡曲とは一線を画すスタンスを保つ一方、バラエティ番組などで漫才やコントに出演。
自分たちの視られ方の多面性を楽しんでいるかのようでした。
前衛試行後のまさかの「歌謡曲」展開
一方、発表するアルバム、「BGM」、「TECHNODELIC 」はかなり実験的でマニアックなサウンドに変化します。
メジャーになったテクノ・ポップを一度解体してみようか、というくらいにクールなものでした。
「RYDEEN」や「TECHNOPOLIS」のような楽曲を期待したファンは少しがっかりしたかもしれません。
前衛的、実験的な傾向は当然のことながらメディア受けせず、停滞期と捉える向きもあったようです。
「君に、胸キュン。」は、こうした停滞感を払拭するかのように現れた楽曲です。
パステルカラーでポップな気分
きっちりアイドルしています
パステルカラーのシャツが時代を感じさせます。
ちなみに振り付けは立花ハジメとのことですが、まったく切れというものがありません。
(というか、揃ってさえいません…}
今、改めてこの動画を見るとある意味「実験的」ですね。
歌謡番組風のチープなセットを背景に、おじさんたちが無理にアイドルしてみるというシュールさ。
「紅白に出るのが目標です」とか「オリコン1位を目指します」とか、どこまで本気かわからない言動。
真剣にアイドルしてみる、というおじさんたちの遊び心が満載です。
さて、前置きはこのくらいにして、本題の歌詞解説とまいりましょう。
戦略的なキャッチコピーの演出
スタイリッシュな夏の恋愛ゲーム
君に胸キュン 浮気な夏が
ぼくの肩に手をかけて
君に胸キュン 気があるの?って
こわいくらい読まれてる
出典: 君に、胸キュン。/作詞:松本隆 作曲:細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏
この楽曲は、最初のワン・フレーズ、「君に胸キュン」にすべてが凝縮されています。
バックボーカルの「キュン」により、キャッチコピーとストーリーの役割がより際だっていることにも注目です。
この「キュン」により、これに続くフレーズはすべてこのコピーの修飾、説明的な役割を担うわけです。
「君」でも「あなた」でもない「浮気な夏」を主語に据えることで、恋愛感情の生々しさが抑制されています。
この曲自体は「歌謡曲」を志向しているわけですが、YMOらしいクールさを残すための工夫でもあります。
そして、それに続く男女の心理的な駆け引きのダイアログ。
スタイリッシュな恋愛ゲームの予感が、簡潔な言葉で構成されています。
アンニュイな夏のひと時
さざ波のラインダンス 時間だけこわれてく
まなざしのボルテージ 熱くしながら
出典: 君に、胸キュン。/作詞:松本隆 作曲:細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏
波打ち際の寄せては返すさざ波。
砂浜に描かれるサインカーブは、時の流れのメタファーです。
一定の間隔で反復し、その形を変え、生まれては消えていく波。
夏の少し気だるい時間は、永遠に続くかのように思われます。
波の音しか聞こえないアンニュイな時間の中で、視線は一カ所に注がれたままです。