少女は将来の夢を抱き、目標に向かって歩いていたことでしょう。
中学に入ったら、高校に入ったら、こんなことをしよう。
黄色は、明るさや興奮、太陽や月などを連想させる、比較的ポジティブな色です。
自分なりの地図を描いて、太陽の光にかざして眩しそうに眺めていたかもしれません。
しかし少女が追い詰められたとき、彼女の地図からは、未来へ続く道が消えてしまったのです。
身近な敵と味方
そして何故に
雨や人波にも傷付くのかしらね
出典: 虚言症/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
自ら命を絶とうと思う原因は、1つでしょうか。
少女は1つの原因を口にするかもしれませんが、椎名林檎はどう思ったのか。
低気圧が来れば当たり前のように降る雨。
都会に住んでいれば当たり前のように踏み入れる雑踏。
日常の風景にすら傷をつけられてしまうぐらい、少女は追い詰められていたのでしょう。
他者にとって些細なことでも、当時の少女を傷つける原因となり得ます。
教師の何気ないひと言、円を作って声を潜める友人たち、廊下で肩がぶつかった同級生。
少女を傷つけるつもりがなくても、敏感になっている少女の目にはそれらが全て刃に見えてくるのです。
魚の目をしているクラスメイトが
敵では 決して決して無い
出典: 虚言症/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
学校でいじめに遭っていたとしたら、教室に足を踏み入れた瞬間に感じる視線も苦痛です。
クラスメイト全員が自分を嫌い、否定し、死ねばいいと思っているのではないか。
味方なんて1人もいない、全員が敵だと思ってしまいます。
しかし、いじめに加担せず傍観している級友の中には、敵ではない人がいるかもしれません。
どうにかしたいけれど、いじめの飛び火が怖くて声がかけられない、という人です。
少女が命を絶った後、後悔にさいなまれるでしょう。
皆がいじめに賛同しているわけではない、という意味にとらえました。
「君」を思う他人は数え切れない
線路上に寝転んでみたりしないで大丈夫
いま君の為に歌うことだって出来る
あたしは何時も何時もボロボロで生きる
出典: 虚言症/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
この曲は、自殺した少女にスポットを当てた歌詞ですが、少女に向けたメッセージではないようです。
少女と同じ道を辿ろうとしている人に対して、椎名林檎が呼びかけているのだと分かります。
それが「寝転んでみたり」という部分です。
寝転んでみる、という表現は「試してみる」という印象があります。
まだ「試す」段階にあり、今自殺を考えている人に向けて「大丈夫」と言っているのです。
死を考えてしまうぐらい辛い状況で、誰のことも信じられないかもしれない。
それでも、椎名林檎は「君」の心を思って歌いたいと言います。
赤の他人でも、「線路に寝転ばなくてもいいんだよ」「大丈夫だよ」と味方になってくれる人は沢山いる。
大きく広げた地図は、その時の自分にとって唯一の世界だったかもしれません。
しかしその地図の外側にはまだ出会わない人々がいて、「君」は地図からはみ出して会いに行くこともできます。
「君」の苦しみが少しでも癒えるなら、「あたし」は身を削ってもいい。
そんなふうに思ってくれる人がまだまだ沢山いる、という意味ではないでしょうか。
味方は沢山いるのだから
少女は救えない、でも「君」は救いたい
例えば少女があたしを憎む様な事があっても
摩れた瞳(め)の行く先を
探り当てる気など 丸で丸で無い
出典: 虚言症/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
死んでしまった少女は、「あたし」の歌に対してどんな感情を抱くのでしょうか。
助けてくれなかったくせに。歌で人なんか救えない。もう遅い。偽善者。
誰かを恨んで死んでいった少女は、何もしてくれなかったすべての人を恨み続けるでしょう。
少女が死してなお抱えている物が何なのか、知る必要はありません。
少女が未だに苦しんでいるのはなぜなのか原因を探して、少女を慰めることに、意味が見出だせないのです。
「あたし」の歌は少女ではなく、これから線路に寝転ぼうとしている人に向けられているからです。
離れた味方は必ずいる
徒(いたずら)に疑ってみたりしないで大丈夫
いま君が独りで生きているなんて云えるの
君は常に常にギリギリで生きる
あたしは何時も君を想っているのに
出典: 虚言症/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
少女が歌を否定すれば、「君」は歌を疑うでしょう。
少女は「君は今孤独で、味方なんて誰もいない。信じられる物はなにもない」と君に言うかもしれません。
だからといって、本当に「君」が孤独なのかどうかは、少女が決めることではありません。
「君」には少なくとも「あたし」という味方がいます。
自殺を考えている「君」はずっと、駅ホームの端っこをつま先立ちで歩いています。
つまり、今「生きている」のです。
生きているうちに、味方の存在を知ってほしい。
悩んでいる全ての人に向けた歌を、常に発信し続ける「あたし」。
「独りではないってことに気づいて!」という呼びかけに聞こえます。