傍からは羨ましがられる恋。ここでのうらやむは『羨む』だと思い込んでいました。
でもここで使われたのは怨恨(えんこん)の『恨』。恨めしいが付いた恋は後ろめたさがつきまといます。
私の恋って、そんなに残念な恋だったの?2人の関係は痛恨のミスなんて言われていたのかも。
自分だけはそれに気が付かなくて、周りには2人は上手くいっているアピールまでしていたようですね。
この恋に終わりが来るなんて、絶対に無いと思い込んでいたのは自分独りでした。
BGMには最適です
「私はピアノ」には2人のミュージシャンの名前が登場します。
歌詞には原が敬愛するラリー・カールトンやビリー・ジョエルが登場する。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/私はピアノ
原坊が聴いているならもちろん桑田さんも聴いていたのでしょうね。
音楽を介して付き合うことになった2人だから、ミュージシャン名が、取り交わされたメッセージのように見えてきます。
ちょっとオシャレ系
突然の嵐みたいに 音を立ててくずれてく
涙が出ないのはなぜ 教えて欲しいだけさ
あなたから 目が離せない
ふたりして聞くわ ラリーカールトン
出典: 私はピアノ/作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐
急に背を向けられて自分が崩壊していきます。ガラガラと大きな音が心の中で響き渡りました。
最高レベルで悲しいはずなのに涙が出ません。悲しすぎて呆然としてしまうと、涙腺も動きを止めてしまうようです。
涙腺が崩壊してくれた方がまだましだったかも、泣けない自分が壊れていきます。
それなのに視線の中にはあなたの姿が必ずいるのです。見ていないつもりでも見えているあなたの姿。
その時聞こえたのは2人で聴いたラリーカールトンでした。
ラリー・カールトン(Larry Carlton、1948年3月2日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州トーランス出身のジャズ・フュージョン界を代表するギタリスト、作曲家。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/ラリー・カールトン
インストゥルメンタルです♪
フュージョンには基本歌詞はありません。ギター・キーボード・パーカッションなど楽器の演奏だけで楽曲が作られます。
ラリーカールトンは70歳を過ぎた今も、現役のギタリストとして活躍しています。
人の声が無いだけに、超絶技巧のギターに浸ることができますね。
BGMにもなるメロディーの軽やかさがフュージョンの長所。
独りで没頭できます
ピアノは私の味方
日だまりの中で抱かれ いつしか時の徒然に
思い出に酔うひまもなく
心から好きよと云えた
あの頃がなつかしくて 何もかもあなたがいなければ
1から10までひとり 言葉もないままに生きてる
くり返すのは ただ lonely play
出典: 私はピアノ/作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐
2人の間に別れが来るなんて絶対に思っていませんでした。
抱きしめてくれたのは日の当たる場所。周囲の目なんて気にしないで抱きしめてくれたあの日々。
お互いが好きでいることが当たり前で、このまま永遠に今の時間が続いていくと信じていた。
自分の幸せを信じすぎて疑うこともしなかった。素直に好きという気持ちも伝えました。
好きだったことが過去になるなんてあり得ない。
抱きしめられた時の温もりが、今もそのまま私の身体に残っています。
でも気が付けばすべて終わっていました。温もりも、もう思い出でしかありません。
独りでは何もできないことが段々と自分を苦しめ始めます。
2人で聴いた音楽も2人で交わした愛の言葉も、残っていません。
私の前にあるのはピアノ。ただ独りでピアノに向かいます。
ギターのように前を向いて弾く楽器とは違い、ピアノは鍵盤と向き合う楽器。自分の思いをぶつけられます。
ピアノを弾けば、あの日の温もりが取り戻せるかもしれません。
それを疑わず、独りで私はピアノを弾き続けます。