「このせんから」は「この線から」?
この「線」は、電車の路線かもしれません。
歩いているような、リズムが聞こえる歌詞です。
街の灯りは、駅から家まで歩く途中の記憶なのでしょうか。
家や街の灯りはここからは見えないのでしょう。
でも帰ってくる途中で聞いた音を覚えているのです。
人が暖かな家に入ってゆく音、暮らしている音。
駅から歩く道の風景。
「うなる~」は分からないので、猛スピードの車と勝手に想像しました。
その合間に車が猛スピードで駆け抜けてゆくのです。
羊を数える
羊と数えるびしょびしょの夢
1秒間2分間であと何匹
この目が光をとらえ直そう?
この3時間4日間で
終わらせよう
日曜日に終わらせようよ
出典: むげん/作詞:崎山蒼志、諭吉佳作/men 作曲:崎山蒼志、諭吉佳作/men
羊が1匹、羊が2匹。
誰もが一度はしたことがある習慣でしょう。
羊は間違いなく、眠れない時のあの羊です。
眠れなくて羊を数えているのです。
1秒たった、2分たった、今何匹目と心の声です。
時間の尺度がわからなくなるあの時間帯。
朝の日が差し込むまであとどれくらいだろうと考えています。
後半は何を終わらせるか分かりませんでしたが、不眠のことと解釈しました。
終わらせたいの主語は、羊の夢です。
もう3時間しか寝ない日が続いているのです。
今夜、4日目で不眠の夜は終わらせようと思います。
この日曜日で終わりにして、すっきりした日々を取り戻したいのです。
ゆらぐまくおわらない
のろいのような静けさ
夜のまれてく
誰かが呼んでいる遠く
近いところで
出典: むげん/作詞:崎山蒼志、諭吉佳作/men 作曲:崎山蒼志、諭吉佳作/men
夜じいっと布団の中で耳を澄まし遠くの音を聞いたことがありませんか。
外の道路の音が、妙によく聞こえたりして。
夜眠れないで薄目を開けているのです。
じっと寝られずにいると、夢幻のようなものが見えてきます。
天井近く、なにか模様がゆらいだり巻かれたり。
夜にすっぽり包まれているようです。
誰かの声が聞こえるのです。
遠いところか、近いのかわからない。
いつまでたっても終わらない静かな長い夜の退屈でも面白い世界。
車が、スーっと通り過ぎてゆく音。
あの時間はなぜか貴重なものです。
妙に頭が冴えたりして、色んなことを物思いするようです。
通りの風景
その通りにそれらしく装飾
急ぐ完成を
知らないのに想像する
いずれ鳴る音もう鳴った音を手繰って
届くようにだきしめるから
出典: むげん/作詞:崎山蒼志、諭吉佳作/men 作曲:崎山蒼志、諭吉佳作/men
通りは家の前の道でしょう。
なぜ装飾があるのでしょうか?
家の前の通りにはイルミネーションの飾りがほどこされているのです。
そして音が鳴るのを頭の中で想像する...。
そう、最初に述べた三角形の謎の答えはクリスマスツリーです。
もうすぐクリスマスなのです。
どんな風になるのかなと想像してしまいます。
ジングルベルの音が、自分のような静かに暮らす者でもすこしうれしい。
それを想像して身に近寄せて、「音を抱いて」みるのです。
暗闇に生えた一瞬の光が
流動する体と交わり離れてゆく
それがくるしいそれが愛しい
心ない三角形が邪魔をしている
生活が成立している
(以下一連の繰り返し)
出典: むげん/作詞:崎山蒼志、諭吉佳作/men 作曲:崎山蒼志、諭吉佳作/men
暗闇から「生えている」のは木なのです。
ツリーのモミの木。
「心ない三角形」の正体クリスマスツリー。
電飾が巻きつけられ点灯し続けているのです。
その前を人が通り、一瞬交錯して影になり、また離れてゆくのです。
ここが一番大切なイメージだと思います!
人が通った時だけその部分が暗くなるのを見たことがあるでしょう!
それが苦しそうにも愛らしくも見えるらしい。
心なく風景を切り取るクリスマスツリーがスムーズな日々を妨げているのです。
それでも気にせず暮らし続けているということです。
生活の感情
ごくあたりまえの日常の風景。
夫婦なのか、恋人どうしなのか、おそらくふたりのひとがいます。
クリスマス前の一時期、道が急に華やかになります。
そこを毎日行ったり来たり。
「心ない」というのですからあんまりお祭りには興味がない。
それでも家で料理したり、夜は寝つけず外の音を聞いたり。
起き上がって窓からぼおっと、ツリーの電飾の前を行き過ぎる人影を見ている。
そんな日常なのです。
ありふれた、とくに秀でたこともない日々。
でも音や光、触感や味覚、全身の五感が研ぎ澄まされたような敏感な世界。
風の音や、雲の色まで、感じられそうです。
そしてひとの平和な生活のなかにも、静かな感情の起伏があります。
それを柔らかくなぞってゆくような世界。
あわただしい都会の生活で忘れ去られてゆくような、やさしい感覚的な世界。
それをふたりの詩人が、瑞々しく蘇らせてくれています。
繊細さとうつくしさ
文明の発達のなかで、失われてゆく指先の感覚。
そういうものがあるような気がします。
あまりにスピードが速くなり、繊細な感覚が失われてゆく。
形の感覚、三角形、円。
朝顔を洗うあの一瞬のしぶきの爽やかさ。
色の感覚、白、青、黄色。
手を翳してみえる、血管の模様。
夜のとてつもなく大切な静かさ。
料理というのは、我々に残された、唯一の繊細な聖域と言う気がします。
クリスマスというのはお祭りであるよりも、最近は道の輝きの季節。
毎年イヴはどうしようなどと騒ぐこともなく、静かに彼らは過ごしているようです。
敏感であることは、それだけで日々を充実させてくれる。
なにか特別なことをしなくても、素晴らしい日々を過ごしていることが伝わってきます。
最後に
いかがでしたか、「むげん」という作品。
いつもは歌詞の中の「意味」を探すのですが、今回は違います。
生活の描写をどんなに自由な遊びたっぷりの言葉でできるか。
その挑戦を追いかけるのです。
もし全体を通じてのメッセージがあるとすれば、「クリスマスの過ごし方」。
この飄々とした姿勢が、「彼らの答え」です。
ふたりの繊細な詩人がうみだす、かけあいのような奇妙な世界。
ふたりの声のバランスもほんとうに絶妙です。
片方がやさしく呼び掛け、もう片方がやさしく応える。
自然の光景を使った魅力的なPVと相まって、印象的な作品が生まれています。
最初とっつきにくいと思われた言葉もありました。
でも時間をかけてじっくりつきあっていくと、溶けてゆきます。
葛菓子が口の中で溶けてゆくように。
何度も聴いていると、じんわり心の中に沁み込んできます。
ほんのり心の奥に、あたたかい灯をともすようです。
静かな暮らしというのはなかなか得難いけれども、この作品にはある。
こんな風に過ごせたらいいなと、思わせる作品です。