嫌いだ嫌いだ あなたが嫌いだ
何処かへ消えてしまえばいい

出典: ディスコバルーン/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

「嫌い」という感情は自らの心に芽生えるものなのに、口に出してしまうと途端に人を傷つける。

この曲では「嫌い」の刃の先が「あなた」に向けられています。

嫌いなら自分から離れていけばいいのです。見えない場所に移動すればいいのです。

でもここでは腹立たしいほど他力本願

「あなた」が自分の元から去ってくれたらいいのにと願いました。

胸の中に湧いたマイナスの感情は、「あなた」のことを考えるごとに膨らんでいきます。

きっとそれは重苦しく、さっさと手放してしまいたいもの。

もしこの感情を風船の中に吹き込んだって、重すぎて床から離れようとしないのでしょう。

嫌いなあなたは 風船みたいだ
どうせどこへまでも
空っぽなのだろう

出典: ディスコバルーン/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

「あなた」を模した風船はどうでしょうか。

自分はこんなにもズッシリとした淀みを抱えているのに、「あなた」は真逆です。

風船として膨らんだって、中身は空気だけ。重みなんてこれっぽっちもありません。

「どうせ」という言葉からは、諦めが見て取れます。

もしも望み通り「あなた」が消えたとしても、何も変わらない。

自分の「嫌い」が刺さって割れることもなければ、重くなることもない。

何を思っても、どんなにもがいても、たった1人の心にすら影響を与えることができません

この曲で頻出する「あなた」は個人ではなく「世の中」を指しているのだとしたら、無力感は増大するでしょう。

自分には「世の中」を変えることなんてできやしない、ということです。

その「嫌い」は嫉妬から

あなたのコインの 表裏は
どちらも同じであるようだ

出典: ディスコバルーン/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

外弁慶、内弁慶や「猫かぶり」は、人間の表裏を表現する言葉の代表格。

多重人格は珍しいかもしれませんが、二面性であれば多くの人が持っています。

「あなた」のコインは裏と表の区別がつかない。この歌詞から考えられることは2つ。

  1. 「あなた」は個人を指し、表裏がない純粋な人という意味
  2. 「あなた」は世間を指し、上っ面だけで人と接する世の中という意味

1.の場合、自分にはない純粋さに嫉妬して「嫌いだ」と感じているのでしょう。

人間が当たり前のように持っている二面性を全く感じさせないピュアさが羨ましいということです。

2.では上辺だけの人間関係に嫌気がさしている、と読み取れます。

自分はこんなにも考えているのに!悩んでいるのに!

いずれにせよ、何も考えていない人たちに嫉妬しているのは間違いなさそうです。

刃物を刺しても割れない風船

アンテナが折れた
ダンスフロアには
安価なつくりの
ビニール風船ばかりいる

出典: ディスコバルーン/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

何も感じられない人たち、感じようとしない人たち。

常にアンテナを張り巡らせて人の心に敏感になりすぎている自分から見れば、他者は鈍感そのものです。

表面だけを取り繕った人たちが集団を形成し、人生の中で楽しそうに踊っています。

「ビニール風船」は、別名「UFO風船」「マイラーバルーン」と呼ばれています。

ハートや星、キャラクターの形などに膨らんでいる、銀色の袋のような風船です。

なぜ米津玄師はゴム風船ではなく「ビニール風船」を選んだのか。

ゴム風船は尖ったもので突けば破裂音を立てて割れてしまいます。

しかしビニール風船は小さな貫通音が聞こえるだけ。

あえて力を加えれば空気が抜けていきますが、小さな穴ならしばらく空気は抜けません。

鈍感な人たちは、外からの刺激に対するリアクションが薄い

これを表現するために「ビニール風船」を選んだのでしょう。

しかも「作りが安っぽい」とまで歌っています。

もともと空気が抜けかけているものや、穴があいているものなどが入り混じっているのかもしれません。

かたっぽの靴脱げて何処かへ消えた
光って回る地球儀から
振り下ろされて

出典: ディスコバルーン/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

世間の中心に立っているのは自分だと思っていましたが、それは錯覚でした。

気づけば自分は地球の端っこにいて、猛スピードで回る地球にしがみついていたのです。

ダンスフロアの中に揺れる無数のビニール風船に毒づいているうちに、靴が片方飛んで行ってしまいました。

ビニール風船の人々が踊っている世界こそがメインストリーム。

流れが早く、ついていけなくなったのは自分だったのです。

必死で掴まっている自分の目に映った地球は、煌めいて見えました。

ビニール風船や彼らが踊る世界が羨ましいと感じていることの表れでしょう。

流れに身を任せて生きていく人々が眩しく映りました。

誘う声を拾う者はいない

声を揃えて慄いで
ちょっと遊んで行こうぜ
何も知らない夢のまま
死んでいけたら幸せだ

出典: ディスコバルーン/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師

誰かが「怖い」と言えば隣も「どれどれ、怖い!」「見せて、うわ、怖い!」。

その場の空気を壊さないために自分の感情を出さず、溶け込む術を持つのが「ビニール風船」たちです。

「別に怖くない」「これが怖いなんて信じられない」とは言いません。

前にならえ、横にならえは自分にとってまるで「遊び」のように見えたのでしょう。

何も考えずに踊りながら「前ならえ」をする世界に、少しだけ足を突っ込んでみようぜ、と息巻きます。

しかし、その呼びかけは誰に対するものでもなく、虚しいだけでした。

自分の声を聞いてくれる人はどこにもいないのです。

周囲に迎合しながら生きることが当たり前で、特に無理もせず、無理することを知らない人々。

自分にとって彼らは、ずっと覚めない夢の中にいるかのように見えます。

人間の裏の気持ちを知らないまま、目が覚めて「裏」を知ることもないまま、ずっと夢の中。

汚さも裏切りも嫉妬も憶測も知らないまま「死んで」いけたらいいのにと言います。

「生きて」いけたら、ではなく「死んで」いけたらという部分が気になりました。

羨ましいけれど、ビニール風船になる自分を想像すると、情けなく感じるのではないでしょうか。

いくら楽しい世界でも、長く身を置きたくはない

その願望が「死んで」いけたらという表現に繋がっていると考えられます。

いつまでも取り残されているのは自分自身

2番の歌詞は、1番のものをベースとして部分的に変化しています。

ひとつずつ拾っていきましょう。

こちらとあちらの境界線を引き直す