不思議な歌「ポルターガイスト」
毒入りリンゴに注意
椎名林檎の「ポルターガイスト」は不思議な曲です。
夢見るようなサウンド・プロダクションを施されたワルツなのに怪異現象がタイトルに選ばれています。
歌詞を読み込んでもポルターガイスト現象の存在は僅かしか見受けられません。
しかしそこには椎名林檎の可愛い悪戯のような仕掛けがあるようです。
アルバム2曲目の「ドッペルゲンガー」と対をなす作品。
「ドッペルゲンガー」「ポルターガイスト」で怪異現象2部作のような趣があります。
椎名林檎の真意は何であったのか、歌詞を紐解く鍵を探したいと思う次第です。
ストリーミング配信でも聴くことができます。
歌に耳を傾けながら読んでいただけたら幸いです。
ただしちょっとした毒入りのリンゴですのでご注意ください。
両思いの愛の歌?
夢見るようなワルツ
「ポルターガイスト」は小田急線の踏切の音から始まります。
小田急線が発車し、踏切を越えてゆく頃にキーボード演奏が続くのです。
椎名林檎の歌唱は爽やかさを感じさせます。
「ポルターガイスト」というおどろおどろしいタイトルからは考えられない夢心地なメロディとサウンド。
とても優雅なワルツです。
歌詞は一編の小説のように豊かな文学的素地を感じます。
椎名林檎の愛読書は文学作品ではなく辞書だそうです。
それなのに何故ここまで文学的な素地を感じさせるのかが不思議でなりません。
言葉に関しては天賦の才能があるのでしょう。
それでは実際に歌詞を読んでいきます。
誰もが憧れる恋愛の姿
もつと澤山(たくさん)逢いにゐらして下さい…さう口走つた君。
僕は愛ほしく思ひ、大層動じたので、前髪の成す造形に神経を奪はれて、
鍵(キイ)も持たず家を出たのです。
出典: ポルターガイスト/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
「君」からの両思いの愛に恵まれた主人公たる「僕」。
愛の充実した姿態がとても可愛いらしいです。
こんな恋愛は素敵で誰もが憧れるはず。
惹かれ合うふたりの初々しさが眩しいです。
しかしいくら浮かれていても鍵を忘れて家を後にするのは不用心。
旧仮名遣いで綴られるとおおらかな時代背景を思い浮かべるので泥棒の心配は要らないお世話かもしれません。
「憧れの君が僕に求愛してくれた」
「僕」の驚きや喜びがセンセーショナルな歌い出しです。
旧仮名遣いの採用
椎名林檎は「ポルターガイスト」が収められたアルバム「加爾基 精液 栗ノ花」で旧仮名遣いを採用します。
旧仮名遣いの採用はその後の彼女の作風を決定づけた出来事です。
椎名林檎の歌詞といえば旧仮名遣い。
以後の作品にまで引き継がれる作詞法です。
旧仮名遣いでの歌詞は大正から昭和初期の文豪たちの文体を読み解くような錯覚に陥ります。
太平洋戦争前の束の間の平穏な時期を想起させるのです。
椎名林檎が自分自身を演出したい時代とマッチするのでしょう。
とはいえ、歌われているのは現代の小田急線でのエピソードなのが可怪しいです。
小田急線の途中のストーリー
熱い恋愛、発車する列車
斯くして、麗しき君の許へ超へていく想ひ、抑へました。
「今日は電車で!」壱度乗り換へた頃、高まつていく時めきに
負けさうになつてゐることに氣付き始めました。
出典: ポルターガイスト/作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎
恋愛模様がひとたび発車すると行先を見失うほどの興奮の坩堝(るつぼ)へ投げ込まれます。
椎名林檎は「小田急線の途中のストーリー」を描きたかったそうです。
熱い恋愛の興奮と発車する列車のイメージがピタリと重なる見事な描写。
今にも弾けそうな躍動感がリスナーのもとに伝わってきます。
愛しい「君」からの愛の言葉に有頂天になる。
いい恋愛を経験してきた人には「僕」の気持ちがよく分かるはずです。