ねぇ君が言ってた「大人ね」
ってあの言葉は褒めてたの?
けなしてたの?って今さら
わかるのさ
出典: 平日のブルース/作詞:清水依与吏 作曲:清水依与吏
「君」つまり、カノジョから「大人ね」と何かの拍子で言われたことを思い出して、褒め言葉だったのか、皮肉たっぷりの嫌味だったのか、を思い返している。
ということは、仕事には就いていませんよね。
就いていたとしても、真面目には働いていないでしょう。
「僕」は白日夢の真っ最中、仕事のことなんか上の空に決まっています。
こうしたフレーズの流れから、なんとなくこの「僕」が、まだ十分に大人になりきれていない若者であることが分かってきます。
自意識過剰な自分探しはまだまだ続く
ワンコーラスの内容はあまりにも食い足りない!
サビは、こんなふうにぼんやりと思考しているダラダラした「僕」が、心の底に秘めている真意を吐き出します。
重い荷物を背負っていたって
自分で始めたものじゃなくたって
そう進み続けられたら
いつの間にか大切なものに
めぐり会っていたりするんだ
走って歩いてさぼってまた歩こう
意味を探すんじゃなく
僕が意味を与えられたら
出典: 平日のブルース/作詞:清水依与吏 作曲:清水依与吏
このサビの歌詞、意味を要約すると、とにかく前向きに行動していれば人生の重要事に出会える、ということ。
これは、どこか結果オーライ的なお気楽さのように思えます。
「意味を探すんじゃなく」「僕が意味を与えられたら」という最後の2行は、物事の本質がよく分かっていない青二才が気取って言うようなセリフにも思えます。
ですから、このサビ、ワンコーラスを見事に締めくくった、という感じがしません。
それもそのはず、この自意識過剰な自分探求は、ツーコーラス以降も続いていくのです。
自分探求がback number自身の将来展望に変化!
止めどない意識の流れが、まさかの結論に落ち着く!
しかしツーコーラスの歌詞では、予想外の展開をみせます。
自力と他力の真ん中で
もがき続ける不甲斐ない今日も
積み重ねて笑っていれば
誰かの為になる事もあるかもね
出典: 平日のブルース/作詞:清水依与吏 作曲:清水依与吏
このAメロはワンコーラスと同じように、自分の意識や行動を抽象的に説明しているだけですから聴き流していいのですが、Bメロを飛ばしていきなりサビになります。
このサビで、一般論的な青春感情を歌っていた歌詞が、back number自身の話だったという事に気付かされます。
僕が歌うこの歌が
遠くの誰かの気持ちを
動かしてまたその人が
誰かの為になってさ
巡り巡って誰かが君を幸せにしたら
あの日僕が君にした約束も
ほら嘘じゃなかったでしょ?
って事にしてもらえないかな?
出典: 平日のブルース/作詞:清水依与吏 作曲:清水依与吏
「僕が歌うこの歌が」と歌っている以上、この「僕」はback numberもしくは(作詞作曲を担当してる)清水依与吏ということになります。
その歌が「遠くの誰かの気持ちを」「動かしてまたその人が」「誰かの為になってさ」という具合に、自分の曲がヒットして人から人に伝わっていく。
そして最後に、ワンコーラスで出てきた「君」に届いて、「君を幸せにしたら」、清水依与吏(back number)がした約束も嘘じゃなかったことになります。
そうだとすると、この歌詞はあまりにも個人的すぎる内容ですよね。
とはいえ、back numberというバンド名は、そもそも恋人に振られた清水依与吏が「自分は彼女にとっては型遅れ(バックナンバー)だ」と思ったことから付けられたといいます。
そんな恋に泣き、痛い目を見てきた清水依与吏なので、ここで自分を振ったかつての恋人に屈折した恋慕の思いを届けたのかも。
もっとも「僕」に「大人ね」と言った「君」や、「僕」の歌によって幸せになった「君」が、その恋人である確証はありません。
すべて憶測です。
ただ、失恋の内出血した痛みを30代になってもひきずっているような清水依与吏であるならば、その未練な思いが未だに尾を引いてる、と考えてもよさそうです。
そうなると「平日のブルース」は、大人になれない自分を歌った青春ソングというよりは、かつての恋人に出世した自分が愛を届ける、といった純なラブソングになります。
すべての人を歌で救いたい、との大それた願い
イケテない自分を歌った青春ソングから純なラブソングへ昇華!
これに続く、最後のサビのリフレイン前の歌詞を見ると、清水依与吏が人間的に成長していることが分かると思います。