「Thriller」が描いたもの

メガヒットになった怪物的作品

マイケル・ジャクソン【Thriller】歌詞を和訳&考察!生き延びるために…奥底に潜む恐怖心と戦おうの画像

1982年に発表されたマイケル・ジャクソンのアルバム「スリラー」からの7作目のシングル曲「Thriller」。

映画「ブルース・ブラザース」の監督であるジョン・ランディスの手によるMVが衝撃を呼びます。

マイケル・ジャクソン自身のゾンビ・ダンスなどが話題になりました。

「Thriller」といえばMVのイメージばかりが先行しがちで楽曲としての評価がおざなりになりがちです。

この記事では著名なMVよりも歌詞に注目してみました。

日本では意外と知られていない「Thriller」の歌詞の内容を和訳しながら解説します。

楽曲「Thriller」の舞台設定とはどのようなものなのか。

実はデートソングでもあり、その意味ではティーンエージャー向けのラブソングとしても成立しています。

それでも闇夜に潜んで襲いかかってきそうな獣があなたの背後を狙っているかもしれません。

全世界で興奮を呼んでこの曲の存在自体が怪物的になりました。

スリリングで何とも恐ろしいけれども、実は楽しい「Thriller」の歌詞の世界を覗いてみましょう。

少年少女は闇夜を怖がる

間近に迫りくる異形のものたち

マイケル・ジャクソン【Thriller】歌詞を和訳&考察!生き延びるために…奥底に潜む恐怖心と戦おうの画像

It's close to midnight and
something evil's lurking in the dark
Under the moonlight you see a sight that almost stops your heart

出典: Thriller/作詞:Rod Temperton 作曲:Rod Temperton

プロデューサーのクインシー・ジョーンズお得意のファンク風味のダンス・ミュージックです。

ヒップなベースラインとビートがこの曲の生命ですが、同時に様々なSEが加えられます。

狼男の遠吠えのような声で「Thriller」の雰囲気を醸し出すのです。

歌詞を和訳しましょう。

「深夜も近くなる頃 邪悪な何ものかが暗闇に潜む

月明かりの下で 君は心臓を止めてしまうような光景を目にする」

H・P・ラブクラフトの小説の世界のような恐ろしい舞台です。

大人になると忘れがちですが、敏感なティーンエージャーは夜の闇を恐れます。

異形の魔物が現れて君を恐怖に陥れると歌うのです。

子どもの頃の気持ちに戻ってみてください。

夜の闇の中に恐ろしい何ものかが潜んでいるのではないかとできるだけ明るい通りを選んで歩きます。

実際に闇の深い場所は凶悪犯罪の温床になりがちです。

人知れない闇を避ける心境は人間の本能のものでしょう。

しかし運悪く闇の中を歩いて帰るしかない夜。

恐怖が君を襲います。

名付けようもない不浄の存在

マイケル・ジャクソン【Thriller】歌詞を和訳&考察!生き延びるために…奥底に潜む恐怖心と戦おうの画像

You try to scream but terror takes the sound before you make it
You start to freeze as horror looks you right between the eyes,
You're paralyzed

出典: Thriller/作詞:Rod Temperton 作曲:Rod Temperton

惨劇のような場面です。

「君は何とか叫ぼうとする しかし恐怖のあまり声も立てられない

恐ろしいものが目の前で君を見つめると 君は凍りつき始める

君は麻痺してしまう」

人間ではない恐ろしい何ものかが牙を剥こうとしているのです。

君の目の前に現れたのは名付けようもない異形のもの。

このものを何と呼べばいいのか。

確かなことは一切考えられず、不浄の恐ろしいものが目の前で笑っています。

君は無事に家にたどり着けるでしょうか。

これぞスリラーナイト

襲いかかる獣たちから逃れられない

マイケル・ジャクソン【Thriller】歌詞を和訳&考察!生き延びるために…奥底に潜む恐怖心と戦おうの画像

'Cause this is thriller, thriller night
And no one's gonna save you from the beast about to strike
You know it's thriller, thriller night
You're fighting for your life inside a killer, thriller tonight

出典: Thriller/作詞:Rod Temperton 作曲:Rod Temperton

もうタイトル回収です。

「Thriller」というワードは和製英語として定着しているスリラーを採用しました。

「これがスリラーだから

スリラーナイトさ

誰も君を救おうとはしない

襲いかかってくる獣から

君にも分かるだろう スリラーさ スリラーの夜だ

君は自分の人生のためにスリラーナイトの中の殺人鬼と戦っている」

闇夜に潜んでいた獣が今にも君に襲いかかろうとします。

今のところ夜の闇の中に君の味方は何者もいません。

道理の通じない、コミュケーションなどできないものどもに囲われているのです。

語り手の僕はこの恐怖心を煽ります。

不思議な構造であり、無責任でもあるのですがその構造の仕掛けは後で分かるでしょう。

狼男などのモチーフは旧い恐怖小説や、それを元にした黎明期の映画などから有名になります。

日本では手塚治虫がシリアスなマンガに採り入れ、藤子不二雄Aは「怪物くん」に結晶させます。

戦後の日本ではこうした先鋭的なクリエイターはマンガ分野に集まっていました。

数多の映画や書物を吸収していた人たちで英米文学や映画のホラー文化が日本にも移入されます。

また異形のものたちという発想はもっとカルトなH・P・ラブクラフトの小説で登場。

アメリカ文学の三文小説誌に連載された格式高い恐怖小説です。

古代から連綿と独自の文化を続けている異形のものたち。

まだ地球が広く未知であった20世紀初頭から半ばに育まれた恐怖小説。

スティーブン・キングなどのモダン・ホラーの小説家が現れる前のカルトな文学です。

マイケル・ジャクソンの「Thriller」で現れる怪しいものどもはこれらの文化を背景にしています。

スティーブン・キングが切り拓いたモダン・ホラー以前の旧き良き時代のホラー文化です。

恐怖のモチーフが少し古いのは気になるところでしょう。

ただ、スタンリー・キューブリック監督がキングの小説「シャイニング」を映画化したのが1980年。

「Thriller」の録音制作は1982年ですからモダン・ホラーの文化は根付いていなかったのでしょう。

狼男などのモチーフが今恐怖を呼ぶかどうかは議論があるはずです。

さらにいえば「Thriller」のMVは非常に傑作ですが、怖い映像作品ではありません

飽くまでもエンターテイメントに徹したもので、ポップコーン片手にゲラゲラ笑いながら楽しむものです。

一方で「Thriller」の歌詞は文語調で本格的な側面があります。

これもモダン・ホラー以前の恐怖小説を模したものです。

君の逃げ場はない

太陽が昇るのを望めない