セーラー服を脱がないで 生徒手帳を捨てないで
性教育に学ばないで 清純なままの君でいて
出典: セーラー服を脱がないで/作詞:松永天馬 作曲:松永天馬
セーラー服や生徒手帳というワードは、思春期の少女を連想させます。
大人としては少女は少女のままでいてほしい、ということなのです。
セーラー服を脱いで大人になってほしくない、子供のルールの中でずっとここにいてほしいのでしょう。
決まりきった性教育すらも、純粋な真っ白な少女を汚すものとなってしまうのです。
思春期が一瞬で終わってしまうからこそ、その真っ只中にいる少女は美しく、尊いものに見えるのでしょう。
できれば時間を止めて、美しいままホルマリン漬けにしておきたい。
そんなところでしょうか。
大人になりたくて大人になりたくない
大人への憧れと嫌悪感は思春期の少女を苦しめます。
大人になるってどういうことか、考えてもわからないし誰も教えてくれないのです。
自分の抱くべき感情の正解がどうにもわからずに、ごめんなさいをここでも繰り返しています。
答えを求めてもがく少女は、まだ脱皮の時期ではないようです。
こんな私でごめんなさい
先生ごめんなさい 受験落ちてごめんなさい
受難の日々ごめんなさい 大人はわかってくれない
出典: セーラー服を脱がないで/作詞:松永天馬 作曲:松永天馬
少女はまだ大人になれないようです。
というか、大人にはまだなりたくないのです。
そしてまた思春期に逆戻りです。
次々と襲ってくる葛藤や不安や恐怖と闘う日々が再びやってくるのです。
そんな日々の中で幾度となく繰り返されるのは大人への反抗や抵抗です。
大人になれないから、大人には理解されがたいことをして大人を困らせるのでしょう。
だから、謝っているのでしょうか。
本当はそんなことを続けても、大人になんかなれないと分かっているのです。
わかっているけれど、どうにも止めることができないのです。
心とカラダ
「大人のふりしても 大人になんかなれない
男と女になりたくない 裸になれない」
出典: セーラー服を脱がないで/作詞:松永天馬 作曲:松永天馬
子供同士の恋と、大人同士の恋も、恋は恋でも中身は全く異とするものなのでしょう。
カラダは大人でも、心が子供のままだったら、大人の恋はできません。
子供の恋が真っ白なものだとするのなら、大人の恋はずるくて情けなくて汚いのです。
汚れた大人になる心の強さがない限り、大人になってはいけないのです。
アリスとタイムマシン
島田雅彦の著書「やけっぱちのアリス」。
ここではその主人公アリスを恋に落ちて苦悩しながら大人になっていく少女とリンクさせています。
主人公アリスの周囲で様々な恋の形に悩みながらも思春期を謳歌する人たちの人間模様を描いた作品です。
「やけっぱちのアリス」詳細はこちら。
やけっぱちのアリス - 著者:島田 雅彦 | ALL REVIEWS
島田 雅彦の著作「やけっぱちのアリス」の紹介ページです。
そして、もう一つ注目すべきはサディスティック・ミカ・バンドの曲「タイムマシンにお願い」です。
この曲は「望めばどんな時代にもひとっ飛びで行ける。さあ行きましょ。」といった内容のとてもポップな曲です。
この二つの作品が曲の中でどんな意味を生み出しているのか、紐解いていきます。