伝えられるものと忘れたもの

中島みゆき【進化樹】歌詞の意味を徹底解説!人は無知でひとりきり...?進化樹の記憶に寄り添ってみようの画像

ことづては託されてゆく 面影は偲ばれてゆく
けれど世代の7つ8つ過ぎれば 他人

踏み固めた道も薄れて また始めから荒れ野原
人はなんて幼いのだろう 転ばなければわからない

出典: 進化樹/作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき

一般家庭で生きる私たちは家系などをあまり気にする機会がありません。

それでも近い世代との交流はあります。

曽祖父母・祖父母・父母・子世代・孫世代。

こうした交流の中で歴史を伝え合うことはできるでしょう。

しかしこの範疇を超えるともうお手上げです。

家訓を長年引き継いでいる家系もあります。

長い間、商売をしている家庭などはこうした傾向があるようです。

しかしそれも傾向的には長男の系譜に限られるでしょう。

長子相続制は社会からなくなりました。

目に見える財産などは等分に分けられる社会に変わったのです。

しかし家訓のような目に見えないものは引き継がれなどしなくなりました。

時代の傾向と合わなくなってゆくために家訓などはいずれ寂れてゆくでしょう。

身近な親族以外はもはや他人と考える社会の到来です。

近所付き合いもなくなってゆきます。

こうした傾向がますます他者を助けることに疑問や億劫さを感じる社会の在り方を補強するのでしょう。

日本社会は他者を排斥することに懸命になってゆきます。

敗戦後の貧しい境遇の中で力を合わせて助け合って復興を遂げたはずなのにどこで道を間違えたのか。

「絆」という言葉さえ廃れた

中島みゆき【進化樹】歌詞の意味を徹底解説!人は無知でひとりきり...?進化樹の記憶に寄り添ってみようの画像

敗戦後の何もない焼け野原から助け合って復興した日本社会。

しかしある程度、豊かになったときから私たちは助け合うことを忘れました

後に訪れた自己責任社会の中で苦しみ喘いでいる誰かの声に耳を塞ぎながら生きています。

いつかまた国土を焦土にしてやり直さないと大切なことを思い出せないのかと気が塞ぐでしょう。

しかし私たちはたとえば1000年に1度と謳われる巨大な地震によって目を醒ましました。

2011年3月11日のことです。

東日本大震災の記憶は今でも生々しいでしょう。

大震災の直後に私たちが思い出した言葉は「絆」でした。

他者との「絆」を思い起こせと政府広報も躍起になって震災からの復興を謳ったのです。

しかしその記憶も10年ともたなかったのでしょう。

為政者が私欲のために政治を行い腐敗とモラルハザードが起きています。

しかしそれを検察が見過ごしているのです。

私たちの中にも株価さえ維持できればそれでいいじゃないか。

為政者が力を揮うことの何が悪いのか分からないといい出す人さえいます。

生物は常に進化しているという考えは幻想に過ぎないのでしょうか。

進化の先に腐敗政治しかない社会、これが私たちの望んだ未来だったのか。

私たちは大いなる自然の営みによって大地で転びました。

その後に復興させようと社会を引っ張った為政者が腐敗にまみれていたのです。

転ばなければ学ばないどころか転んでも分からない現状があるのではないでしょうか。

おそらく中島みゆきの予想を超えた醜悪な力が働いているのです。

僕が置き忘れたもの

中島みゆき【進化樹】歌詞の意味を徹底解説!人は無知でひとりきり...?進化樹の記憶に寄り添ってみようの画像

誰か聞かせて
遥か昔へ 僕は 何を置いて来たのだろう
何も知らずに 僕はひとりだ
この樹の根は 何処(どこ)に在ったのだろう

出典: 進化樹/作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき

人間存在にとっていちばん大切な価値は愛でしょう。

「進化樹」は愛の不在について歌っているようなのですが中島みゆきは愛という言葉を使いません。

僕が今ひとりで社会を過ごしているのは愛の不在の証明でしょう。

異性への愛というものに限るのではなく隣人愛・人類愛のようなものの欠如を歌っています。

もしくは進化への意志となる大切な智慧を置き忘れてきたのかもしれません。

何を置き忘れたのかはリスナーの解釈に任されていますからたくさんの答えがありそうです。

躍動する生命力というものも欠如しているようですから答えは無数でしょう。

それほど多くの大切なものを私たちは振り返ることもできないほどの遠い過去に置き忘れました。

私たちは進化樹の枝葉の突端にいます。

この進化樹はあまりに巨大で根がどこにあるかも分からないのです。

それは生物の進化についての学問の限界に責任があるのではありません。

生命とは何か。

生きるとはどういうことなのか。

進化をしなくてはいけない理由は何だったのかという極めて倫理的な問題への問いかけです。

アーティストというものは本来こうした問いに立ち向かうべき役を担っています。

中島みゆきがひとり気を吐いてこの問題に挑戦する。

その孤高の姿はあまりに神々しいのです。

その他のアーティストも彼女に続くべきときが来ています。

「進化樹」の根を見つめる

私たちの幼稚さを知る

中島みゆき【進化樹】歌詞の意味を徹底解説!人は無知でひとりきり...?進化樹の記憶に寄り添ってみようの画像

人はなんて幼いのだろう 転ばなければわからない

誰か教えて
僕たちは今 ほんとうに進化をしただろうか
この進化樹の 最初の粒と
僕は たじろがずに向きあえるのか

何も知らずに 僕はひとりだ
この樹の根は 何処に在ったのだろう

出典: 進化樹/作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき

いよいよクライマックスになります。

基本的にはリフレインの組み合わせです。

この曲の総決算になりますので繰り返しでも改めて見ていきましょう。

自国中心主義のが世界を覆っています。

日本社会の歪さばかりを強調しましたがその他の国の情勢もきな臭いです。

戦争難民や移民が社会に増えたことによって世界中で排外主義が台頭し始めました。

移民が自分たちの職や富を奪っているという被害妄想がこうした主張の背景にあります。

移民排斥運動は過去を振り返っても何度も克服されてきた歴史があるのです。

しかしその間違いをまた人類は繰り返してしまいます。

こうした幼稚な思想の蔓延によって悲劇的な運命を迎える可能性もあるでしょう。

また破綻しなければ学習し直せないのか。

中島みゆきの憤りは当然のもののように思えます。

移民排斥運動は日本ではネットにあふれるヘイトスピーチなどの形で顕在化しているのです。

海外に出れば日本人こそ最初にヘイトの対象になるという事実を日本の排外主義者は知りません。

隣国との緊張を政府が煽る現状ではこうした幼稚な人たちが現れるのも不思議がないでしょう。

失敗しないと学べないのだとしたら。

転んでいることに気付いていない事実。

衰退・没落・退行へレミングのように行進してゆく私たちはどこへ向かっているのでしょうか。

地中の根こそが始まりだから

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進化樹

もしかしたらツリー状の進化系統樹というモデリング自体に間違いがあったのかもしれません。

空に向かって枝葉を伸ばしてゆくツリーの先端に自分たちがいるというのが思い上がりなのかも。

それでも私たちは進化することを選択しないとまっすぐに死と退廃に向かってゆくだけです。

中島みゆきはツリー状の思考モデルそのものを否定することはしません。

彼女はあくまでも進化の価値を信じています

それなのにどうしてという思いをこの曲「進化樹」に託しているのです。

進化の否定の中では明日への希望さえ繋ぐことができません。

中島みゆきは生命のツリー状の発展とそのモデルにある進化の歩みの姿を思い返すことを提案します。

語り手の僕は世界や生命の進化について多くを知っている訳ではありません。

しかしこのツリー状のモデルの意義を漠然と信じているのです。

ただし、自分たちを表す枝葉にこだわるのではありません。

僕がこだわるのはむしろ地中に存在する根の方です。

この根は私たちの始まりに当たります。

この始まりについてもっと考える必要があるのではないかと思っているのです。

最初の生命の始まりは今や私たちの世界の地上にはありません。

地中の中にこそ存在していて地表を眺めるだけの思考ではたどり着けないところにあるのです。

そこでは生命の価値は等価であったはずでしょう。

今の日本のように上級国民とその他に分け隔てられる社会ではありません。

こうした根源に立ち返って区別も差別もないところへ思いを馳せること。

「進化樹」と聞くと広がる枝葉や花に目が行きがちでしょう。

そこでは人類はこの世の春を謳歌しているように見えます。

あたかも地球の支配者でもあるかのようにです。

しかしこうした驕った気持ちや思い上がりこそが私たちの社会を腐敗させている。

ならば樹木の根にこそ注目する必要があるのではないでしょうか。

すべての始まりへの問いかけです。

進化の途中に私たちが置き忘れたものは何かをもう一度考えたい。

中島みゆきの問題意識は相当に深刻なものです。

しかしその想いをドラマチックな歌に昇華して届けてくれました。

アーティストとしての熱意に心を震わされます。

なぜ僕は今、ひとりなのか。

孤独と孤独を繋ぐものは何なのか見つけなければいけないと思うのです。

社会の紐帯とはどんなものであったのか。

進化するために力を合わせて社会を変えてゆく必要があるのではないか。

答えを探すために何度もこの曲をリピートしてみましょう。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

OTOKAKEと中島みゆきの軌跡