ゆず「マボロシ」は至極のバラード
ゆずの「マボロシ」は、これまでのどのバラードよりも、極めて至極な1曲といえます。
これまでのゆずから、1歩抜きん出た作品だからです。
「月影」や「おやすみ」、「二つの言葉」などが、バラードで彼らの名曲とされます。
数々のバラードの名曲は、たくさんのファンを魅了し続けてきました。
しかし、本作が与える衝撃はとてつもなく大きく、彼らのイメージではないのです。
愛と憎しみが描かれる曲が、これまでにあったでしょうか?
ゆずっこであれば本作を聴いた瞬間の衝撃は、とてつもなく大きいのがわかるはずです。
ゆず「マボロシ」のメロディーライン
ゆずの「マボロシ」が至極のバラードとする理由の1つは、重厚なメロディーラインです。
彼らの軽快なハーモニーは封印され、切なさが全面に出された曲調が奏でられます。
主旋律はしっかりと、はっきりと、響くのです。
しかし、背後で「マボロシ」を連想させる揺らめく和音。
メッセージを伝える力強さと、揺らめく和音は、これまでの彼らの楽曲にはありませんでした。
深く計算されたメロディーは、ゆずの新たな1面を感じられるのです。
ゆず「マボロシ」のMVから受ける印象
![](https://img.youtube.com/vi/DdPHBuDkVv8/0.jpg)
こんな側面もゆずにはあった!
モノトーンの映像と、雨というロケーション。
ゆずの2人がタイトルのごとく、脳裏に焼き付いている「マボロシ」を追い求めています。
寒空の中、白い息を吐きながら歩く姿。
人とのかかわりを避け、孤独に思いをはせているのでしょう。
あらゆる人が錯綜する中、傘をさし1人だけ立ち止まっている姿。
周囲の時は進んでいるのに、1人だけ時間が止まったように感じます。
もう届くことのない、愛する気持ちを振り切れずに、現実を受け止められないのでしょう。
「マボロシ」と感じてしまう気持ちを抱いたとしたら、こんなシチュエーションが良くわかります。
あらゆる状況の気持ちが共感しやすい、シンプルだけれども素敵なMVだと感じます。
ドラマ「昭和元禄落語心中」の世界とゆずの「マボロシ」
ドラマと本作に通ずるもの、それは相反することに抱く感情です。
「昭和元禄落語心中」でも、生きることと死ぬこと、愛情と憎悪が描かれます。
この巧みな描写が多くの人から支持を得て、原作も大ヒット作品となるのです。
「マボロシ」の歌詞では相反する感情が綴られ、悩み、苦しむ様が表現されています。
人の感情や経験は全て紙一重で、天国にも地獄にもなるのでしょう。
この紙一重は特別なことではなく、全ての人にあてはまるのです。
あなたも突然、ゆずの描く「マボロシ」を経験するかもしれません。
「マボロシ」が意味することは?
あなたの愛して止まない人、あなたの大切な思い出、人生の終着による別れ。
あらゆるものが、「マボロシ」にあてはまります。
愛するという感情は、お互いに通じ合っていれば「マボロシ」ではありません。
しかし、お互いに通じ合わなくなると、愛するという「マボロシ」になるのです。
大切な思い出も現在ではなく過去を表し、手元に引き寄せたくても引き寄せられません。
残念なことに人生の終着駅を迎えてしまったのも、同じことがいえるのです。
あなたの気持ちが詰まったこと全てに、「マボロシ」があてはまります。
ゆず「マボロシ」の歌詞からわかること
大切なことが、突如として消えてしまった苦悩。
これほどまでに苦しいことが、一体他にあるでしょうか。
忘れたくてもいつまでも心に残り、手を伸ばしても掴めないのです。
不意に蘇る記憶から、逃れる術がありません。
こんな状況、あなたならどうしますか?
本作から深い悲しみと切なさを感じて、歌詞を読み解く作業が鈍ります。
1つ1つ、ゆずの名曲「マボロシ」を紐解いてみましょう。
複雑な心境
なぜだろう こんなにも
こころが 泣いている
蝋燭の火が 風に吹かれ
影を揺らすように
出典: マボロシ/作詞:北川悠仁 作曲:北川悠仁
泣くというのは表面的なことだけではなく、内側にある心でも起こることです。
あなたもこのような喪失感にも似た、心の表情を感じたことがありませんか?
涙を流せるほうがよっぽど楽で、心が締め付けられる感覚でしょう。
ゆらっと、止めどなく溢れてくる感情を抑えられず、どうして良いのかわかりません。
本作のMVでは、このような描写がされているのです。