「もうひとつの雨やどり」とは
一方でさだまさしは次のシングル「吸い殻の風景」のB面に「もうひとつの雨やどり」を収録。
こちらはスタジオ録音です。
「雨やどり」のエピソードをもうひとつの視点で見つめ直し歌い直します。
本人も認める通り「蛇足」な印象もある曲。
背景としてはこの曲に対する根本的な批判がありました。
「軟弱」というのはたただの罵倒です。
一方で「女性の幸せは結婚にある」と結論するような「雨やどり」の話の構成への批判がありました。
この批判はさだまさしの無意識の思考を突いた本質的な意見です。
さだまさしはそうした創作意図はなかったと説明するために「もうひとつの雨やどり」を書きます。
自分に自信を持てない妹が手探りながら成長してゆく際の不安などの側面を書くのです。
この「もうひとつの雨やどり」ではお得意のユーモアは後景に退きました。
SSWが歌を世に放つ。
その曲がオリコンチャート1位に輝くほどの大ヒットになると歌い手の社会意識が問われるようになる。
歌い手といえど社会の一員です。
その作品に通底している歌い手の意識などが批判の対象になるのは仕方ないことかもしれません。
少女マンガ的展開が凄い
見事なオチに舌を巻く
その後 私 気を失ってたから
よくわからないけど
目が覚めたらそういう話が すっかり出来あがっていて
おめでとうって言われて も一度気を失って
気がついたら あなたの腕に 雨やどり
出典: 雨やどり/作詞:さだまさし 作曲:さだまさし
驚きすぎて失神するというのはいかにも往年の少女マンガ的な展開です。
さだまさしには妹がいますから実際に彼女の少女マンガを借りて読んでいたのかもしれません。
このエピソードがどこまで本当なのかも分かりません。
本当に佐田玲子が失神している間に結婚の話を進めたのでしょうか。
当時のおめでたい話というのはとにかく周囲がどんどん先へ進めてしまう性格が今よりもありました。
今は本質的に本人たちの意志が尊重される時代になっています。
「雨やどり」は遠く過ぎ去ってしまった時代の結婚の形かもしれません。
二度目のタイトル回収になるラストが見事です。
これぞ落語研究会出身の資質の開花でしょう。
見事にオチがつき歌は終わります。
「雨やどり」は長く続く
歌の語りにもたらした変革
「雨やどり」の歌の力は結婚の形が変わった今も元気に生き続けています。
偶然に偶然を重ねた出会いへの憧れはどんな時代にも消え去ることがないのでしょう。
またこの歌が導入した話法の新しさは笑いに求められるものが変わった現代でも通用します。
むしろ落語や講談の人気が息を吹き返した今の時流にぴったりの曲かもしれません。
また「雨やどり」は上述の通り様々な名曲の原点的な位置づけです。
「雨やどり」から「秋桜」へ、あるいは「親父の一番長い日」や「もうひとつの雨やどり」へ。
リスナーは後日談を求めて様々な名曲と出会うことができます。
さだまさしは「昨夜面白い曲ができたので」と語り、翌日にライブでこの曲を初披露しました。
つまり一夜でこれほど見事な構成の作品を創り上げたということでしょうか。
おそろしい才能です。
観客の支持を得てこの曲をライブ録音。
シングルで発売したらオリコンチャート1位。
できすぎの破格の才能がここにあります。
今この曲の完成度に無頓着なまま「軟弱」などの誹りを投げつける人はいないです。
さだまさしは恋愛ソング・ウェディングソングに新しい雛形を提供しました。
日本の歌の世界の自由度が増したのです。
素晴らしい歌をご紹介できて幸せでした。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
OTOKAKEで振り返るさだまさし
文学的世界のさだまさし
OTOKAKEにはさだまさしの関連記事がたくさんあります。
中でも1978年の「檸檬」の紹介記事を御覧いただきたいです。
梶井基次郎の同名小説から着想を得た名曲。
「雨やどり」のユーモアとは違うさだまさしの世界。
ぜひご覧ください。
さだまさし【檸檬】歌詞を徹底解説!湯島聖堂の階段から放り投げたのは…夢?文学的な名曲の世界観に浸る - 音楽メディアOTOKAKE(オトカケ)
あまりにも文学的な作品世界に現代のリスナーは畏れを抱くであろうさだまさしの「檸檬」。梶井基次郎の小説「檸檬」から着想を得て描いた歌詞の世界が深すぎます。1978年、歌というものはこれほどまでに豊かでした。視覚に鮮やかに訴える「檸檬」の歌詞の謎に迫ります。
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