ライブ・シングル「雨やどり」
落語研究会出身の資質が開花
1977年3月10日発表、さだまさしの通算2作目のシングル「雨やどり」。
さだまさしにとって初のオリコンチャート1位を獲得した記念碑的作品です。
このシングル「雨やどり」にはいくつかの特徴があります。
中でも一番はじめに気付くのがライブ録音であることです。
さだまさしは熊谷会館でのライブ音源に若干の修正を加えて発表しました。
和気あいあいとした会場の雰囲気とコミカルな歌の相乗効果で、自宅で聴いても彼のライブ会場のよう。
加えてさだまさしは落語研究会出身。
その履歴と素養が楽曲となって存分に実ったのが「雨やどり」です。
リスナーはまるで一遍の現代落語を聴いているような錯覚に陥ります。
SSW(シンガー・ソング・ライター)による恋愛コメディが歌になったはしりの曲です。
この曲の歌詞の魅力を徹底解説いたします。
フォーク・シンガーと話芸
さだまさしの特異性
さだまさし以前にも話芸の上手な歌い手はたくさんいました。
しかしその話芸の魅力を歌に置き換えたりするなどの徹底した語り手ぶりを発揮した人は少ないです。
とはいえ「フォークの神様」であった高田渡はコミカルな歌を唄い話芸も達者でした。
一方で五つの赤い風船の西岡たかしなどはライブでのMCこそ抱腹絶倒ですが音楽になるとシリアスです。
フォーク・シンガーの系列にはライブのMCで何か面白いことを語る人が持て囃されます。
これはさだまさし以前にもそうでしたし、さだまさし以降も同様です。
今でも関東のSSWが関西に遠征して一番気落ちするのが自分のMCのつまらなさに客席が沈むこと。
フォーク・ソングの伝統としてそれなりの話芸を磨かないと人気が保てない風潮は根強いです。
三上寛、友川カズキなどのパンキッシュで過激なSSWもステージでのMCは抱腹絶倒であります。
ただ、皆が皆、さだまさしのように作品世界まで笑いに貪欲であったかというとそうではないです。
さだまさしが一連のSSWの中でも飛び抜けた売上を記録した要因はユーモアへの執拗なこだわりでしょう。
まず「窓口」にユーモアへの共感を置き、一方で「遙かなるクリスマス」のようなシビアな歌へと導く。
さだまさしの魅力はユーモアとシリアスさ、その表現の幅の特別な広さにあるはずです。
「雨やどり」はグレープでシリアスな歌を追求していた彼がソロになって迎えた最初の転機。
少女マンガと現代落語の要素をフォーク・ソングに昇華してみせた記念碑的作品です。
この作品でさだまさしが歌いたかったのは女性の幸福でした。
歌詞を見ていきましょう。
「運命の出会い」は軒先
ライブ録音固有の音質
それはまだ私が神様を信じなかった頃
9月のとある木曜日に雨が降りまして
こんな日に素敵な彼が現れないかと
思ったところへあなたが雨やどり
出典: 雨やどり/作詞:さだまさし 作曲:さだまさし
有名な歌い出しです。
歌詞カードを見なくてもそらで歌える方も多いはず。
主人公は自分に自信がない女性です。
人生を変えることとなる「彼」と「私」の出会いは9月の秋の長雨から避難した軒先でした。
ライブ収録固有の音質なのでスタジオ録音ではないことに気付くでしょう。
どういったライブ収録なのかによるのですがスタジオ録音よりも音が全方向に散ってゆく傾向です。
「運命の出会い」
「奇跡の出会い」
さだまさしはこの命題に挑戦してどこの町にもある軒先を舞台にしました。
身近で親近感が湧くシチュエーションですからこの曲が広く支持されます。
「軟弱」という誹りを越えて
一方でこの歌い出しに非難が集まります。
後年、「さんまのまんま」にゲスト出演したさだまさし。
明石家さんまに「好きな曲、何かあるでしょ?」と自ら尋ねます。
明石家さんまは大先輩に恐縮しながら「僕は『雨やどり』が一番好きです」と答えたのです。
すぐさま手にしていたギターを鳴らしこの曲の冒頭の歌詞を歌うさだまさし。
一節を歌い終えるとすぐに「なんて歌ったら『軟弱』っていわれたの」。
今この時代にこの歌詞を聴いて「軟弱」と批判をする人は少ないはずです。
それでも当時のフォーク・シンガーの基本は反体制的なスタンスが持て囃されていた時代。
「雨やどり」の歌詞の真の革新性に気付くことなく「軟弱」のレッテルを貼る。
しかし当時は「雨やどり」を「軟弱」と批判したSSWの諸先輩方や聴衆たち。
彼らも1980年代には総崩れで素敵な愛の歌をステージやカラオケで歌い始めるのです。
「雨やどり」のこの歌い出しは時代の変革期の最初の声でした。
漫才ブーム前夜の緩い笑い
ある意味で幸福な時代
すいませんねと笑うあなたの笑顔
とても凛凛しくて
前歯から右に四本目に虫歯がありまして
しかたがないので買ったばかりの
スヌーピーのハンカチ
貸してあげたけど 傘の方が良かったかしら
出典: 雨やどり/作詞:さだまさし 作曲:さだまさし
この虫歯のラインで会場から笑い声が響きます。
笑いの垣根というか結界がまだ緩かった時代です。
その後の笑いを変えてしまった漫才ブームはまだまだ先のこと。
さだまさしの詩世界を全否定するタモリはキワモノ素人芸人としていざ羽ばたこうとしていた時代。
「雨やどり」はゆったりとしたリズムの中で笑いどころを探していたある意味平穏で幸福な時代の産物です。
時間は逆回転を赦さないためこの幸福な時代にはもう戻れません。