熱がずっと「醒めない」
2016年7月27日発表、スピッツの通算15作目のアルバム「醒めない」。
このアルバムのオープニング・チューンでタイトル・ナンバーである「醒めない」をご紹介しましょう。
歌詞でも散々ロックについて語り尽くす草野正宗ですが、サウンドもスピッツらしいロック・ミュージック。
アルバム冒頭でこれからのロックな世界を紹介するには最適な楽曲に仕上がっています。
スピッツがここまでロックというものにこだわる姿はファンにはお馴染みの風景かもしれません。
ブルーハーツに触発されてバンドをしていた過去の日々までも鮮やかに描き出しました。
とにかく憧れる気持ちを抱えてギターを握りしめて思いの丈を歌うようになった日々。
あの時代の忘れ得ない面影というものがいまも生き続けていると歌う歌詞です。
アルバム「醒めない」の冒頭でこうしたロックへの愛を歌ったことはあまりにも大きなものでしょう。
スピッツがまぎれもないロックバンドであることをそのサウンドと歌詞で表現しきりました。
この曲「醒めない」の歌詞を丁寧に紐解いて草野正宗の思い出の日々の正体に迫ります。
それでは実際の歌詞をご覧いただきながら解説しましょう。
ロック少年の永遠
ロックと語り合う俺の姿
覚えていてくれたのかい? 嬉しくて上ばっか見ちゃうよ
やけに単純だけど 繊細な生き物
出典: 醒めない/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
歌い出しの歌詞になります。
登場人物は語り手の俺と愛する君になるのです。
とはいえ「醒めない」はラブソングには集約しません。
もっと様々な可能性がある大きな「好き」という気持ちが打ち明けられます。
この「好き」だという対象こそロックを始めとする音楽です。
「醒めない」自体が明るいロックナンバーでしょう。
そのロックなんばに乗せて歌われるのは俺のロック愛というものです。
音楽好きの多くの方が持っている愛かもしれません。
とはいえ近年ではダンス・ミュージックやHIP-HOPの後塵を拝する始末です。
もちろんHIP-HOPだって愛すべき音楽でしょう。
そこにロックスピリッツを加えるアーティストは多いです。
それでも音楽性までも頑固にロックにこだわりたいというのが「醒めない」の歌詞の世界の基軸でしょう。
その素朴な愛というものは高等生物である人間のものというよりはもっと原始的です。
ビートが好きなのだから仕方ないという気持ちが第一で、非常にプリミティブな感性によって支えられました。
しかしそこには思春期に固有のナイーブさが同居しています。
ロック少年の心は初(うぶ)ですが頑固なのです。
ロック少年と楽器フェティシズム
昼の光を避けて ブサイクな俺の歴史上
ギターはアンドロジナス 氷を溶かしてく
出典: 醒めない/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
アンドロジナスという単語は説明が必要かもしれません。
生物学用語で両性具有や雌雄同体という意味になります。
俺は徹底的に昼間の陽射しを嫌うのです。
ロック少年で年中日焼けしまくっていて筋骨隆々というタイプは珍しいでしょう。
多くのロック少年はザ・スミスの「心に茨を持った少年」という曲名にシンパシーを感じます。
屈折したところがあり、何もかも明るくいこうぜというような風潮を嫌うのです。
その心の在り方はひねているのかもしれません。
しかしロックに対する憧憬を胸にいっぱいにして過ごしている俺はあくまでも直線的です。
熱情に沿ってありったけに生きてゆきたい思いを抱えているのがロック少年でしょう。
草野正宗はかつての自分を俺に喩えています。
ロック少年がギターに恋する気持ちは不思議でしょう。
俺にしても多くのロック少年にしてもギターと恋に落ちてしまうのです。
商品や物質に愛着を持つのですからフェティシズムの一種でしょう。
ただ、ロック音楽の基軸になるギターというものの魅力には抗えません。
アンドロジナスな魅力があるからこそ、俺はギターに恋してしまいます。
そしてそんな真っ直ぐな気持ちを抱えたまま、草野正宗はロック・スターにまでなってしまうのです。
俺の情熱はどんなに凍えきったものでも一瞬で溶かせるほどにホットなものであります。
未知との遭遇
ロック文化の壮大な歴史に
まだまだ醒めない アタマん中で ロック大陸の物語が
最初ガーンとなったあのメモリーに 今も温められてる
さらに育てるつもり
出典: 醒めない/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
ロックの歴史の壮大さを大陸と喩えます。
実際にロックはアメリカ合衆国の大陸文化の中で生まれました。
しかしご存知のようにその発展に寄与したのはイギリスのミュージシャンたちでもあります。
島国文化のイギリスの音楽家たちもロック大陸の歴史を構築しているから不思議でしょう。
この大陸への喩えというものは、それだけ懐の広い歴史をロックが抱えているという事実に由来します。
俺がいつまでも忘れられないのはロックとのファースト・コンタクトなのです。
初めての出会いの印象というものは愛において大事な基礎になります。
人と人との最初の出会いはその後の関係性を決定付けるものです。
ロックとはあくまでも音楽であり生きものですらないでしょう。
そうであってもファースト・コンタクトの瞬間は忘れ得ない衝撃を感じます。
これまでの音楽の既成概念をすべて取り払ってくれる瞬間が訪れるのです。
ビートがどんどん響いてきて、ギターがザクザクと切り刻んでくる。
さらにボーカルが歌う歌詞に励まされている自分に気付くのがロックの醍醐味です。
スピッツは知られているとおりにブルーハーツから多大な影響を受けました。
初期の楽曲にはパンクロックバンドの面影があります。
歌によってすべてを変えてくれるような勢いや魅力というものをリスナーとしても知り尽くしていました。
大きく価値観が塗り替えられると、もう過去に愛したものに戻れなくなってしまいます。
草野正宗はロックの洗礼を受けてしまったのであり、もう引き返せない人生なのでしょう。
「ロックのオルタナティブはロック」
草野正宗は「ロックの次にあるものはロックじゃないかな」という趣旨の発言をします。
オルタナティブという言葉で盛んに色々な音楽が登場しました。
しかしそうした新しい音楽の基礎もロックであることは揺らぎようがないと確信するのです。
スピッツといえばエバーグリーンなポップスと思っているリスナーも多いでしょう。
しかし彼らのライブで観られるのはまごうことなきオルタナティブ・ロック・バンドの姿です。
いつの日かロックというものは日常の中に溶け込んでゆきます。
しかしそうはいっても俺を囚えて離さないメモリーはロックとの邂逅の瞬間です。
衝撃で全身に電気が走るような思いをしたのでしょう。
こうした経験の美しさや幸せは多くのリスナーにもシェアしたいものです。
芸術とは何だかわからないものとの出会いこそ衝撃的でしょう。
さっきまでの固定観念を打ち砕いてくれる力がリアル・ロックというものに必ずあります。
こうした出会いのイメージは生涯に渡って真空パックされたように新鮮な記憶であり続けるのです。
「醒めない」はアルバム「醒めない」のオープニング・チューン。
ですからスピッツからのロック流の挨拶になります。
いい思い出をバンドと一緒に築きたいものでしょう。