一度の失敗で、すべてが終わりになるわけではないと思います。
誰の上にも等しく太陽が昇るように、罪を背負っていても明日のことを夢見てもいいのではないでしょうか。
未来は変わらずそこにある
踏み違えて 終わりじゃない
何処でだって待っている未来
君は変われてる 笑えてる
生きていく者だけに吹く 追い風
出典: 追い風/作詞:井上竜馬 作曲:井上竜馬
ちょっとした踏み間違いやボタンの掛け違いで、後悔してもしきれないことが起こることもあります。
それだけで人生を終わらせてしまうのは、残念以外の何物でもありません。
ここでは先に進みようのない未来も、別の場所でなら動き出す可能性だってあります。
そこに、再生しようという気持ちがあるならです。
自分に変化が訪れているかどうかは、自身の目を通してでは分かりにくいのではないでしょうか。
引用3行目の歌詞は、そんな不安げな気持ちを拭い去ってくれているようです。
罪を背負ってでも生きていくと決意したなら、背中を押してくれる追い風はきっと吹いてくれるのでしょう。
人の目は気にしなくてもいい
誰の目も厭わずに咲き誇れ
降りしきる雨も背中を押すよ
出典: 追い風/作詞:井上竜馬 作曲:井上竜馬
他人の目が、とかく気になる世の中ではあります。
過ちを背負った身となればなおさら、何をするにも周囲の目が気になってしまうことでしょう。
しかし、そんな風に思わなくてもいいのです。
前を向くことに、誰かの目を気にする必要はないと思います。
周囲の目が再生の妨げになってしまうのであれば、なおさらそうでしょう。
ザアザアと降る雨は、嫌われ者の一面も持っています。
そういったものでも場合によっては、背中を押してくれることもあるのです。
差し伸べられる手は思いも寄らないところから現れる、そんなことを示唆しているようにも感じられます。
先へ進めと誰かが背中を押してくれる
励ましの言葉が溢れるサビが終わると一転、楽曲の内容は再び暗いものになってしまいます。
前を向こうという気持ちはあっても、人はすぐには変われないものです。
それでも前を向くように訴える状況が、歌われているように思えるパートです。
自分を信じるのを止めてはいけない
もう誰も 信じないと
花弁はとうに 閉ざされた
それも良いさ だけどどうか
君の事だけは 信じていて
出典: 追い風/作詞:井上竜馬 作曲:井上竜馬
誰かにそそのかされて、過ちを犯してしまうことも考えられます。
そういう人は罪の意識と共に、誰も信じられないという不信感をも抱えることになるのでしょう。
内に籠って、花開くことを諦めてしまうかもしれません。
そうなってしまったのを、無理矢理にこじ開けてもいいものでしょうか。
引用歌詞の3行目では、罪負い人のそんな心情をも優しく包み込んでくれています。
塞ぐ気持ちを肯定する一方で、「どうか」と強く願ってもいます。
自分を信じる気持ちを諦めてしまうと、閉じたままの花は腐り落ちてしまうのでしょう。
それだけはしないでほしいと、閉じた心に訴えかけているのです。
新しいことは身ひとつでも始められる
貪った 孤独の味はどうだい
消せない過去の 痣を隠して
君らしくいられる 何処かへ行こう
荷物はいらない
出典: 追い風/作詞:井上竜馬 作曲:井上竜馬
引用歌詞の1行目には、ちょっとしたユーモアも感じられます。
少し茶化してそう言って、相手を励ましているのでしょう。
長く塞ぎ込んだのだからいい加減次に進もうよと、明るく語りかけているようにも思えます。
罪を犯したという過去はまるで、傷が治っても残る痣のようです。
それで人目を気にするくらいなら、いっそ隠してしまうのもありなのでしょう。
痣を消して形だけでもまっさらになって、誰もがその人の過去を知らない場所に行くのです。
そんな場所でも、痣はしつこく痛むかもしれません。
それでも、同じ場所に留まって前に進めないよりはずっとましなはずです。
過去が染みついた「荷物」は、置いて行けばいいのです。
何か新しいことは、自分の身ひとつでも始められるものですから。
顔を上げるだけで景色は変わる
もう一度だけ 立ち上がれば
また違った景色が見える
今見えてるもの それだけが
全てと思わないでいい
出典: 追い風/作詞:井上竜馬 作曲:井上竜馬
普段は意識することがないかもしれませんが、目線を変えるだけで見える景色は想像以上に違ってきます。
座っているのと立ち上がっているのとでは、見えてくるものも違うはずです。
引用歌詞の1行目と2行目にそのことが歌われているのは、誰の目にも明らかでしょう。
ただしそれは、物理的な距離などを考慮しただけの、そういう話とはまた違うように思えます。
精神的な意味でも、同じことがいえるのではないでしょうか。
気持ちが塞がっている時と前を向いている時では、同じものを見ても印象が変わります。
この歌詞は、そのことも暗に示しているように思われます。
そして目に映るものだけが、現実に存在していることとは限らないのです。
目に見える現実がどんなに過酷に見えても、その裏には温かな心が隠れているのかもしれないのです。
歌詞にはありませんが、「だからこそ前を向こう」という気持ちが込められいるのではないでしょうか。