ユーモア満載「SEPTEMBER」
松本隆による爽快な失恋ソング
1979年8月21日発表、竹内まりやの通算3作目のシングル「SEPTEMBER」。
オリコンチャート最高39位ですが半年近くTOP100にチャートインしていました。
半年後にはオリコンチャートで最高3位を記録する大ヒット曲「素敵なピーチパイ」が控えています。
竹内まりやがまだアイドルとアーティストの間で葛藤と成長を繰り返していた時代の名曲「SEPTEMBER」。
松本隆が爽やかささえ感じる不思議な失恋の情景を林哲司が極上のポップスに仕上げました。
フラレてもただでは起きない気丈な女性の姿が共感を呼びます。
彼女が仕掛けたちょっとした復讐のためのいたずらが可愛いです。
松本隆作品らしい軽さとユーモアをたたえた失恋ソング。
今や世界中から注目を浴びる竹内まりやの作品の中でも出色の出来です。
「9月生まれの人はみんなこの曲を好きになる」
そんな声すら聴こえてくるのです。
この曲の歌詞を紐解いて「爽やかな失恋ソング」の謎を解明します。
まずは歌い出しの歌詞から見ていきましょう。
松本隆による不思議な女性像
スト-カーという言葉がなかった時代
からし色のシャツ追いながら
飛び乗った電車のドア
いけないと知りながら
ふりむけばかくれた
出典: SEPTEMBER/作詞:松本隆 作曲:林哲司
男性にフラれたのでしょうがその人の後をつけてゆきます。
この頃はストーカーという言葉がなかった時代です。
それでも当時にしたって黙って人の後をついて行くのはマナー違反ではありました。
しかし心の何処かでこのくらいならば許されるであろうという甘い気持ちが主人公にあったよう。
ストーキングを続けてしまいます。
こうした現代で考えると迷惑行為スレスレという歌詞は昭和歌謡では割と普通にあるものです。
当時の詩情というものは現代の観念だけで計れるものではありません。
ましてや歌詞の中のちょっとした冒険には目くじらを立てないであげてください。
如何にこの女性がフラれた恋を忘れられないかが物語られる。
作詞家の松本隆は男性なので結構サバサバした女心を理解していないのかなとも思えます。
一方で女性には人の数だけ人格がありこういう女性像が正解というものでもないです。
ただ例えば「木綿のハンカチーフ」に出てくる女性像。
あれほど従順な女性は実際には絶滅しているとの女性からの声は多いです。
松本隆が描く女性像はちょっと独特な癖があります。
松本隆の詩的表現
舌を巻くほど見事な季節の描写
街は色づいたクレヨンが
涙まで染めて走る
年上の人に逢う約束と知ってて
出典: SEPTEMBER/作詞:松本隆 作曲:林哲司
松本隆らしい詩的な描写です。
ただし付き合っていた男性が主人公の女性を裏切って別の女性へとなびくシーン。
主人公の女性は男性の予定をどういう訳か知っていて後をつけているのです。
こうした執着心や行動はもうやめた方が良いよと相手が知人にならば諭すところですが歌の中のお話。
求められていない助言は野暮です。
素直に松本隆が描く詩情を鑑賞したいところ。
青一色の真夏が過ぎて季節は木の葉が色づく秋の予感です。
この頃は今ほど気象条件が異常ではなくて日本にはしっかりと四季がありました。
現代の日本は夏と冬の二季。
秋が本当に短くなってしまいました。
季節の移ろいの中で詩情が育まれるのでこれから生まれる歌はどこか脆弱になるのではないかと心配。
詩人にはそれでも変わりゆく季節を繊細な詩に昇華して私たちに伝えて欲しいものです。
竹内まりやの美声の訴求力
覚えやすいサビ
セプテンバー そしてあなたは
セプテンバー 秋に変った
夏の日ざしが弱まるように
心に影がさした
出典: SEPTEMBER/作詞:松本隆 作曲:林哲司
林哲司によるメロディーと歌詞が相まってとても覚えやすいサビになります。
今は竹内まりやの楽曲に世界中から注目が寄せられているところ。
海外の人にはこの曲の歌詞の意味が分からないようで唯一英語が聴き取れるこのラインを特に愛します。
男性が心変わりする歌とは分からないようです。
それでも竹内まりやの美声や国境を超えた訴求力がありますから皆真剣に受け止めています。
後のパートナーになる山下達郎はこの曲のB面「涙のワンサイデッド・ラヴ」でアレンジを担当。
この曲はコーラスに山下達郎と吉田美奈子が参加しています。
「SEPTEMBER」のコーラスはこの頃売出し中だったEPOです。
EPOは山下達郎が在籍していたシュガー・ベイブの曲をカヴァーしてデビューします。
竹内まりや、大貫妙子、EPOの3人はレコード会社が皆RCA。
RCAレコードのディレクター陣の好みであったのでしょうが歌謡曲でも洋楽でもない音楽を創り出します。
この音楽が斬新だと今になって世界中が沸き立っているのです。
海外のリスナーには曲調だけでなく松本隆の繊細な言葉のセンスも味わっていただきたいと想います。
陽射しの力が弱くなって心に影が忍び寄るという描写は本当に素晴らしいです。