飛ぶという表現が素敵です。
君への思いだけで僕はトランス状態にまでゆけるよということを語っています。
恋愛での高揚感や万能感は半端ないものがあるのです。
君だって僕と歓びを分け合うことで幸せにしてあげられるのだという自信を覗かせます。
ただし、どういう訳か自身をはぐれた鳥に喩えているのです。
草野正宗は「不思議」で恋の歓びというものをストレートに表現しています。
ただし、僕の人物設定にひとひねり加えたのです。
僕は群れから離れた存在であることをここで透かしています。
ちょっとひねた僕が恋の歓びを感じられること。
草野正宗は普通の恋愛風景とは違った主体が登場するように描きます。
僕の人物設定にこうしたひと癖を加えるだけで歌詞の世界観に奥行きが現れるのです。
僕にとって味方は君しかいないような状態なのかもしれません。
そうなると君の愛はさらに尊いものになるでしょう。
群れからはぐれた存在であっても愛してくれる人は貴重です。
君という人物について草野正宗は多くは語っていません。
それでもひねた性格の僕だってきちんと愛してくれる存在として君を提示します。
平凡な恋愛なんてこの世界にないよという草野正宗の思いが透けるのです。
誰しもが特別な恋愛を生きているということ。
草野正宗がこの恋愛劇の主人公をはぐれものにした意味は大きいです。
引きこもりへの優しい眼差し
貝の中閉じこもる ことに命がけ
そんな日々が割れて まぶしかった 次の頁
出典: 不思議/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
僕は引きこもりがちな過去を持っていました。
そしてその引きこもっていた時期も生命というものを賭けていたと草野正宗は表現しています。
いまいわゆる引きこもりにある人が苦しみと闘っているのだということを草野正宗はきちんと描くのです。
引きこもることには強い意志が必要だといわれます。
その閉じてゆく力に生命をも賭けている姿を草野正宗は直視してくれるのです。
ある時期、人生に躓いて引きこもっている人もいらっしゃるでしょう。
そうした人の苦闘というものにきちんと目を向けてくれる草野正宗の優しい視点は貴重です。
そしてそうした人にだっていつか殻を破って生きていける日があると歌ってくれます。
とても魅力的な誰かと出会えれば人生を変えることができるよと教えてくれるのです。
「不思議」の不思議な魅力は草野正宗の優しさが全面に浸透していることでしょう。
引きこもっていた時代が深刻なものであればあるほどに恋の歓びは人生をガラリと変えます。
僕は君と出会ってようやく次の段階へステップアップできたのです。
恋の魅力というものが人の生活というものを変えるのだという草野正宗の確信がうかがえます。
それは人生におけるチャンスを大事にしようという訴えでもあるのです。
新天地というもののまばゆさで光を浴びて生きてゆく僕のこれからの人生に祝福したくなります。
恋愛にできること
人の魂を解放するものは
ああベイビー! 恋のフシギ さらにセットミーフリー
過ぎていったモロモロはもういいよ
出典: 不思議/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
恋愛による万能感が僕を力強くアゲていきます。
ライブ会場で盛り上がった高揚感が僕を支配するのです。
恋愛というものの万能感・高揚感に支配されると、人の魂はむしろ解放されるのだと歌います。
この不思議な力というものは恋愛というイベントでこそ発揮されるものです。
誰かを好きになって、相手からも好きになってもらえるということ。
ここが恋愛の出発点であるのですが、この始めの段階で既に奇跡が起きています。
私たちは77億人の人類の中からひとりだけを選ぶのです。
この出会いというもの自体が奇跡に近いものでしょう。
この恋愛が他者から妨害されることなくきちんと成就することも奇跡です。
こうしたミラクルに恵まれて僕の人生は大きく方向転換しました。
内側ではなく外の世界へ向けられた、僕の新しい人生が始まるのです。
僕には引きこもりに至るだけの事情があったと歌います。
しかしいまこの恋愛に生きている僕はもう過去を振り返ることなどしません。
いま引きこもりながらこの歌の歌詞に耳を傾けている人を勇気付けてくれるのです。
いずれ大切な人と出会えたら生活が一変するようになる。
そうなれば引きこもりの原因になった事件や事情などもうどうでもよくなるはずだと歌います。
草野正宗という人が書く歌詞はどの曲もひと癖持っているのです。
脳天気な恋愛を書くことを草野正宗は嫌がるのでしょう。
語るべき事柄というものをしっかりと胸に携えてこの曲の歌詞を書いたのだなと思わせます。
だからスピッツのファンをやめられないと頷く人が多いはずです。
草野正宗は政治的なアピールはしませんが、固有の社会性を持った歌詞を書いてくれます。
大きなドラマはないけれど
わざとよける 不意にぶつかる
濡れた道を走っていく
出典: 不思議/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
僕という人物のひねた側面が表現されているラインです。
天の邪鬼のような僕の性格というものが滲みます。
しかし相手がある恋愛では自分のひねた性格も貫き通せません。
パートナーの動きが読めなくて衝突したこともあったのでしょう。
そうであっても概ね順調な恋愛を描いています。
雨上がりの情景が引き継がれていることに注目しましょう。
ぬかるんだ道なのか、アスファルトが雨で湿っていることを表すのか。
いずれにしても僕と君が好きなのはひと雨あった後の世界です。
そのぬかるんだ道を全力疾走してゆくという描写は順調な恋が前進している情景でしょう。
恋愛も天候というもので喩えられるものです。
たまには曇り空から雨粒が落ちてくることもあります。
しかし僕と君はしっかりと結びついているので、少々の出来事で動揺はしません。
一生懸命、恋に生きている僕と君の姿が若々しくて羨ましいです。
若い頃の恋愛は長続きしないこともあります。
初恋の人と一生涯添い遂げたというカップルの方が珍しいものです。
僕と君の恋愛の行く末はブラックボックスの中です。
「不思議」は最後まで恋に浮かれている僕の独白で埋められます。
大きなドラマというものには頼らない草野正宗の描き方。
彼は小さな恋の物語というものにこだわります。
ささやかさのようなものを感じられる恋愛模様が丁度いいと思わされるのです。
最後に 恋愛と歓びのシェア
簡単な現実などないけれど
何なんだ? 恋のフシギ 恋はブキミ
憧れてた場所じゃないけれど
君で飛べる 君を飛ばす
はぐれ鳥追いかけていく
恋のフシギ さらにセットミーフリー
過ぎていったモロモロはもういいよ
わざとよける 不意にぶつかる
濡れた道を走っていく
出典: 不思議/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
もうクライマックスになります。
ご覧のようにリフレインを含む歌詞です。
繰り返しの箇所もあるのですが、最後ですから改めて見ていきましょう。
草野正宗はここでも「不思議」というタイトルを回収します。
恋の不可思議さに翻弄されている僕の心模様がうかがえるのです。
僕にとってこの恋愛は生涯初めて両想いになれたものでしょう。
そのためにこの恋によって色々と揺れる僕の心も描かれています。
求めていた完璧な情景の中で恋に生きている訳ではないと僕は認めるのです。
それでも僕の気分はこの恋愛によって十分に高揚します。
一方でまだ恋愛というものを思うようにはハンドルできない僕の姿を率直に描くのです。
しかし僕は引きこもりの時代よりも成長しています。
「不思議」は僕という青年の成長譚でしょう。
大人の男になる過程をきちんと描いています。
青年が成長するには恋愛ほど最適なエレメントはありません。
恋をして、ときに恋に敗れて青年は大人の男になるのです。