楽曲について
美波の楽曲『アメヲマツ、』。
自身の憂う心情と、感情のままに書き殴ったかのような角のある歌詞が魅力的です。
2020年6月30日にYouTubeにて公開され、公開3週間で再生回数は340万回を突破。
アニメーションMVも楽曲に込められた想いを更に肥大して伝わってきます。
美波の楽曲といえば、青年期のどこにも吐き出せないような飽和した感情を謳い上げているのが特徴的。
今回も、ブレることなく、ただひたすらに羅列した想い。
それはもはや、号哭とさえも感じ取れるほど心に刺さりついて離れません。
早速、歌詞に込められた想いについて1つ1つ読み解いていきたいと思います!
憂う感情は肥大するばかり
足を踏み出すことに怯え始める
過去形フィルムに縋った僕らは
舵取り粘土に飲まれていつしか固まっていくようで
出典: アメヲマツ、/作詞:美波 作曲:美波
いつまでも後ろを振り返ってしまい、先に進めない心情が投影された歌詞。
歌詞2行目の「舵取り~」は、美波から生まれた造語だと思われます。
速攻に動けなくなるのではなく、徐々に足が止まっていくようなイメージ。
その要因になっているのは、未来への不安、焦燥感、自己嫌悪などその限りではありません。
過去もそれなりに辛苦の日々だったのだろうと想起できます。
しかしながらそこに助けを求めてしまうほどに、明日が怖いといっているのです。
日に日に、自己肯定感が低下していって、自分が何者なのか分からなくなる。
その後の歌詞でも表れますが、その1つは他者比較です。
「隣の芝生は青く見える」という言葉があるように、目に映るもの全てに妬みを覚える。
いくら思わないようにしても考えてしまう、そんな自分もまた嫌いだといっています。
止まらない自分への攻撃
言葉税が 足りなくなっていってさ
書き殴り漁った下書きをそっと強く塗りつぶす
平気だよきっと誰かが 透明人間あてにした
ああやっぱ今日もだめだな
出典: アメヲマツ、/作詞:美波 作曲:美波
そして段々と自分に掛ける言葉も無くなっていきます。
歌詞の2行目「下書き」に描かれている内容は、吐き出した憂いの数々。
その後の塗りつぶす表現から、項垂れるように悔し涙を流している姿が想起できます。
「透明人間」とは、本来は存在するはずのない存在、いわばありえない空想です。
皆が同じように自分自身から逃げて、いるはずもない神に縋る。
そのままでは何も変わらないと想う一方で、変わる覚悟すらない弱く醜い自分がいるのです。
だからこそ口から溢れ出てくる言葉は、歌詞の4行目のようなもの。
何もできない自分と何もしない自分の両者からの自己嫌悪、自己非難。
深く突き刺さった心の傷は癒えるどころか、ますます傷口を広げていくばかりです。
間違った正義で満たした心
自分さえもピントが合わない
ファインダー越しのかわききってた 僕にアメ降らせてくれないか
何度塗り替えても 濁ってしまって
今はもう届かなくなったリリック
曖昧な言葉捻り出しては
固まりかけながらまだ足りないと
なんて本当、虚しくなってしまったのでしょう
普遍化には見向きもしないようだ
出典: アメヲマツ、/作詞:美波 作曲:美波
歌詞1行目にあるカメラを模した比喩表現に注目です。
まるで1つ障害物を通しているように、自分自身が不透明であるといっています。
ここで妨げになっているのは上記に挙げてきた足が止まる要因の数々。
そんな自分を救うために、少しでも楽にするために羅列した言葉も霞むばかりだといっています。
これまでに美波が出してきた楽曲の歌詞が生まれた背景だと思えば、より感傷的になります。
そう捉えれば、美波の楽曲は決して誰かを救うものではなく、自身を救うための楽曲。
だからこそ、私たちも自身が書き殴ったかのように錯覚して聴き込んでしまうのでしょう。
自分すら愛せていないのに、誰かを愛することなど不可能。
いつまでも敵対しているのは自分そのものの存在なのでしょう。
必死に「私」を見出そうと絶望しながらも諦念しきっていない情景が浮かび上がります。
誰かを蹴落としてまでも
雨に
交えないでいて
使いすぎてしまったエキを無駄にはしないで
欲しくて
好きなものが青に飲まれて消えてった
安価推理自称名探偵いなくなれ
出典: アメヲマツ、/作詞:美波 作曲:美波