「ジギー・スターダスト」に憑依する
1972年6月発表、デヴィッド・ボウイの通算5作目のアルバム「ジギー・スターダスト」。
デヴィッド・ボウイが架空のロック・スター「ジギー・スターダスト」に憑依した作品です。
コンセプトを徹底的に創り上げ、さらに自身がその役になりきった恐るべき実験作でもあります。
このアルバムによってデヴィッド・ボウイは永遠のスターであることが決定的になります。
「ジギー・スターダスト」を引っさげたツアーでは徐々にヴィジュアルを過激にする。
山本寛斎がデザインした服を身にまとい化粧を濃くして役になりきりました。
デヴィッド・ボウイは「グラム・ロック」と呼ばれる新しいカルチャーを牽引してゆくのです。
「ジギー・スターダスト」という架空のロック・スターの栄光と没落を描ききったストーリー。
彼は稀代のロック・スターであり、ただの麻薬中毒患者でもあります。
「ジギー・スターダスト」が示したストーリーを追いながら、ロック・スターというものの功罪に迫りしょう。
アルバムの全曲を解説付きでご紹介します。
「ジギー」のモデルとは
「ジギー・スターダスト」の楽曲に触れる前の基礎知識を短くまとめておきます。
ボウイが憑依した「ジギー」とは生ける伝説のロックンローラー・イギー・ポップに由来するのです。
デヴィッド・ボウイと同じ年、1947年に誕生して今なお精力的に活動するイギー・ポップ。
ボウイが憧れたヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルのプロデュースでデビューします。
イギー・ポップが在籍したザ・ストゥージズは元祖パンクバンドとも呼ばれるレジェンド的存在。
野卑ともいえる凶暴なロック音楽でカルト的人気を博しました。
ボウイはイギー・ポップのスタイルから架空のロック・スター「ジギー」を導き出したのでしょう。
しかしボウイの発想はさらに現実離れした設定を「ジギー」に与えます。
異星からやってきたバイセクシュアルのロック・スターという設定です。
宇宙人という設定に関してはストーリーの突飛さを表現するためのものとして理解されます。
ただバイセクシュアルを公言するには時代が早すぎたためにこの設定は非常にセンセーショナルでした。
それでも「ジギー・スターダスト」にデヴィッド・ボウイはなりきります。
実際の楽曲に触れましょう。
A面1曲目「Five Years」
ニュースキャスターが涙を流した
地球に残された資源があと5年で枯渇するというニュースを耳にする街中の市民の姿を描きます。
市場で流れるニュース番組でキャスターが涙ぐみながら「地球は死にかけている」と伝えるのです。
キャスターの涙には嘘がありません。
私はこの事実を知らされて頭を悩ませます。
街では混乱する人々と様々な想いを寄せる人々の姿。
この先の5年間でいったい何が私たちを待ち受けているのか気になってしまいます。
あと5年間しか残されていない
And I thought of Ma and I wanted to get back there
Your face, your race
The way that you talk
I kiss you, you're beautiful
I want you to walk
We've got five years, stuck on my eyes
Five years, what a surprise
We've got five years, my brain hurts a lot
出典: Five Years/作詞: David Bowie 作曲: David Bowie
「そして私は母のことを考えた あそこに戻れたらと思う
あなたの顔 あなたの人種
あなたの話し方
私はあなたにキスをする あなたは美しい
あなたが歩いていて欲しい
私たちは5年間を過ごす 私の眼に焼き付く
5年間、何ということだろう
私たちは5年間を過ごす 私はひどく頭を抱える」
アルバムの始まりは混乱の最中の描写です。
落ち着いたドラムとピアノの伴奏が歌詞の深刻さを逆説的に浮き上がらせます。
歴史的なアルバムの歴史的なオープニング曲です。
A面2曲目「Soul Love」
エンジェル・ボイスに魅了される
愛とは何かについてのボウイなりの洞察がうかがえます。
この頃のデヴィッド・ボウイの声はエンジェルのような響きがするのです。
誰もがこの独特な声に魅了されます。
世界にある様々な愛を挙げてゆくのですが自分はどれにも当てはまらないと歌うのです。
デヴィッド・ボウイが愛を見抜く
Idiot love will spark the fusion
Inspirations have I none
Just to touch the flaming dove
All I have is my love of love
And love is not loving
出典: Soul Love/作詞:David Bowie 作曲: David Bowie
「愚か者の愛は混ざり合ってしまうだろう
何のインスピレーションも私にはない
燃え盛る鳩に触れるようなもの
私にあるものは愛に関しての私の愛だけ
それでも愛は愛することでもない」
デヴィッド・ボウイ一流の愛の哲学であり理解するのは中々困難でしょう。
彼は愛について考えているうちに「こじらせてしまった」側面があるのです。
それでも愛に関する偽善を見抜く視点は一流でした。