自分に会いに来てくれる彼女を迎えに行くための足は「自転車」。
しかも新品の自転車です。なぜ、わざわざ自転車を買ったのでしょうか。
彼女が離れて暮らし始めてから、彼を訪ねてくるのはおそらく初めてのこと。
彼女が水上バスで桟橋まで来ると知り、彼は迎えに行く方法を考えます。
電車は不便、小回りがきく自転車が便利かもしれない!しかし自転車は持っていない。
迎えに行くのが1度きりであれば、電車やバス、タクシーで済ませたかもしれません。
しかし、これからは彼女が会いに来るたびに桟橋へ迎えに行くことになります。
- 彼女との関係がこれから先ずっと続くと思っている
- 彼女との関係がこれから先ずっと続いて欲しいという願掛け
このどちらかの理由で自転車を購入したのでしょう。
深呼吸で吸い込んだ風は
少し石油の匂いがして
その大きな川に流れてた
出典: 水上バス/作詞:Kazutoshi Sakurai 作曲:Kazutoshi Sakurai
この曲は横浜の赤レンガ倉庫付近をモデルとしているそうです。
あの周辺は客船はもちろん、さまざまな船が行き交っています。
また工場地帯にも近いため、お世辞にも「海が綺麗」とは言えません。
そんな海の水面をさらった風は、川を遡上してもなお妙な匂いが残るのでしょう。
実際に水上バスに乗った桜井が、汚れた水面や匂いに気づいたからこそ書けるリアルな歌詞ですね。
息を切らせながら必死にペダルを漕いでいても気になってしまった匂い。
彼女にまつわる一連の記憶にも残っているのです。
待ちぼうけの時間も忙しい
君を待ってる 手持ち無沙汰に
ぼんやりした幸せが満ちてく
向こう岸から ゆるいスピードで
近づいてくる水飛沫は君かな?
出典: 水上バス/作詞:Kazutoshi Sakurai 作曲:Kazutoshi Sakurai
水上バスが到着する時間は調べれば分かります。
でも彼は待ち切れず、急がなくてもいいのに必死でペダルを漕ぎました。
そのため、桟橋には早めの到着となったのです。
彼女が乗った水上バスを待つ間、何もすることがありません。
しかし彼にとっては、待ち時間も彼女との時間。
再会の瞬間どんな言葉をかけようか。どんな道を通って帰ろうか。
これから待っている幸せなひとときに思いを馳せたに違いありません。
「近づいてくる船」ではなく「近づいてくる水飛沫」という表現。これもまたリアルです。
水上バスは通常の船と違い低層で平たいため、水飛沫や波で車体が見えにくいこともあります。
桜井は実際にこの光景も目にしたのかもしれません。
自分だけに見える「守りたい景色」
水上バスの中から僕を見つけて
観光客に混じって笑って手を振る
そんな透き通った景色を
僕の全部で守りたいと思った
出典: 水上バス/作詞:Kazutoshi Sakurai 作曲:Kazutoshi Sakurai
彼女は水上バスの窓ごしに彼を見つけ、手を振りました。
ありきたりな光景のように感じますが、彼はそれを「全部で守りたい」と思ったのです。
水上バスの乗客の多くは観光客であり、桟橋に到着すると我先に降車します。
今日の観光ルートやホテルの場所、考えることはいくつもあるのでしょう。
しかし彼女の目的は観光ではなく、彼に会うことだけなのです。
だから彼女は降車を急ぐより、まずは彼を探して手を振りました。
彼女は自分に会うためにここへ来た。自分にだけ向けられる視線や想い。
彼にとっては、観光客の姿も2人を遮る窓ガラスも見えなくなるほど透き通った景色だったはずです。
遠距離恋愛の障害をものともしない彼
君乗せて漕ぐペダルにカーラジオなんてないから
僕が歌ってた
そのメロディーに忍ばせて
いとしさの全部を
風に棚引かせて歌ってた
出典: 水上バス/作詞:Kazutoshi Sakurai 作曲:Kazutoshi Sakurai
話したいことや聞きたいことがたくさんありすぎて、舞い上がっているのでしょうか。
会話ができない様子が感じ取れます。
もし自転車ではなく車での移動なら、音楽やラジオが沈黙を紛らわせてくれますが……。
結局彼は自転車を漕ぎながら歌を歌いました。
ラジオだったら、興味のない天気予報や好きではないアーティストの曲が流れたかもしれません。
彼が歌った曲は彼女が好きな曲なのか、彼が好きな曲なのか、どちらでもないのか。
いずれにしても彼は、彼女への想いをひっそりと代弁してくれるような歌を選びました。
向かい風が彼の歌声を彼女の耳に届けてくれたことでしょう。
「この間偶然見つけたんだよ
新しいカフェ きっと気に入るよ」
君と過ごす日のことをいつでも
シミュレートしてこの街で暮らしてるんだ
出典: 水上バス/作詞:Kazutoshi Sakurai 作曲:Kazutoshi Sakurai
離れて暮らしていても、常に彼女のことが頭にあります。
新しいお店を見つけたとき、アンティークな路地を見つけたとき、子猫を見つけたとき。
彼女は気にいるだろうか、どうやって連れて行こうか、どうやって説明しようか。
何をしていても全て彼女に結びつけて考えてしまいます。
更には、彼女がこの街に移り住んだら毎日をどう過ごそうか。
そんなことまで考えていたのではないでしょうか。
会えない間に美しくなっていく彼女
夕日が窓際の僕らに注ぎ
君は更に綺麗な影を身につける
君への思いが暴れだす
狂おしいほど抱きしめたいと思った
出典: 水上バス/作詞:Kazutoshi Sakurai 作曲:Kazutoshi Sakurai
部屋の中から夕焼けを眺めている2人。
日頃から美しい彼女ですが、夕日を浴びると陰影によって美しさが引き立つのでしょう。
「更に」とは、こうした意味だと読み取れます。が、一歩踏み込んで考えてみました。
久しぶりに会った彼女。目に見えて急に大人っぽくなったり綺麗になったりしたわけではありません。
しかし夕日を浴びた彼女を見て、今までよりも「更に」綺麗な人に「変化している」ことに気づいた。
つまり、会えない間に彼女の身に起きる変化を、彼は知る術がないのです。
できればずっとそばにいて欲しいけれど、どうすることもできないのがもどかしい。
抱きしめたいと「思った」ということは、思いとどまったと解釈できます。
今抱きしめてしまったら、彼女を手離せなくなると危惧したのかもしれません。