枯れてゆくまで 息切れるまで
鼓動止まるまで 続けこの汗
出典: 湯気/作詞:星野源 作曲:星野源
これまでの流れからすると、目からこぼれたのは涙のはず。
しかし汗という表現になっています。
それならば、台所でお鍋のお湯を沸かしていたというより、シャワーの可能性が復活。
あるいは、室内に湿気が充満したせいで発汗したのかもしれません。
いずれにしても肝心なのは、命が果てるまで自分の体から水分が出るよう自分を鼓舞していること。
涙か汗か、どちらにしても自分の体にたまった湿っぽいものを吐き出し続ける、と解釈することもできます。
音楽でいえばブルースでしょうか。
具体的な状況がはっきりしないまま、とにかく恐ろしくウェットな状態ということだけは伝わってきます。
現実的な日常と、自分自身の内面が同化しているように感じられるところが興味深いですね。
ブラックミュージックのグルーヴとウェット感
我は行くまで 幕降りるまで
繰り返すまで ゆらゆらゆら
出典: 湯気/作詞:星野源 作曲:星野源
全体的に「歌詞とリズム」がシンクロしていたのは、サビの最後で「ゆら~」につなげるためだったようです。
これは、蒸気が揺らぐオノマトペ。
そう解釈すると「歌とサウンド」の両方がウェットなブラックミュージックを意識していることがわかります。
サウンドで、リズムが揺らぐことによって生まれるグルーヴ(ノリ)と、湿っぽい曲調のウェット感を重視。
歌詞を含めた歌でも、グルーヴとウェット感を表しています。
「湯気」が象徴しているのはウェット感、「ゆら~=揺らぎ」が象徴しているのはグルーヴ。
「湯気の揺らぎ」で「ブラックミュージックに対する愛」を表現しているということです。
命果てるまで、ブラックミュージックをルーツとした音楽を続ける。
とくにリズムの揺らぎと湿った曲調によって生まれるグルーヴとウェット感は重要!ということでしょう。
ちなみに音楽用語の「ドライな曲」と「ウェットな曲」の意味がわからない方もいるかもしれません。
- テンポ:速い・遅い
- リズム:8ビート・16ビート・シャッフル
- 曲調:情緒・ジャンル
楽しみとして聴く方が多い「音楽」は学問でもあり、概論も存在します。
- DTMのエフェクト→少ない(ドライ)・多い(ウェット)
- 曲調(涙・汗・艶の湿っぽい雰囲気)→乾いている(ドライ)・湿っている(ウェット)
そのうち「ドライ・ウェット」というのはDTM用語として、あるいは曲調やジャンルに使われます。
ブラックミュージックに照らし合わせると、ジャズは艶や涙、ブルースは涙、ファンクは汗や涙でウェット。
「湯気」という曲は、ファンクとジャズが混ざっていると考えられます。
また、星野源さんの俳優としての所属事務所は、松尾スズキさんが主宰する「大人計画」です。
小劇場演劇出身ということで歌詞1行目にさらりと舞台用語を混ぜているところも、ルーツ愛が感じられます。
2番の歌詞はこちら!
ミルキーウェイが見えた
湯気の川は 天の川
雨雲の上で
出典: 湯気/作詞:星野源 作曲:星野源
2番でも引き続き「揺らめく視界の中で見たもの」が表現されています。
1番では「湿った雲=空」が蒸気の充満した室内で見えていました。
2番では「ミルキーウェイ=宇宙」。
室内で空が見えただけでなく、その上の宇宙にまで広がりました。
これはもうPファンクですね。
Pファンクは、ジョージ・クリントンが、1970年代に率いた2組のバンド、パーラメントとファンカデリック、及びその構成メンバーによるファンクミュージックを指す音楽ジャンルであり、またこの音楽集団のことである。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/Pファンク
つまりジョージ・クリントンことスターチャイルドの世界観。
1975年12月、パーラメントは『マザーシップ・コネクション Mothership Connection 』を発表。このアルバムは、ジョージ扮する聖なるエイリアン「スターチャイルド」が宇宙船に乗って、人類に聖なるファンクを伝道しに来た、という内容のコンセプトアルバム。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/Pファンク
そういう意味では「揺らめく視界の中で見たもの」はPファンクになります。
輝きは見えず
光る星は 見えぬまま
人知れず照らす日々がある
出典: 湯気/作詞:星野源 作曲:星野源
ところが蒸気が充満する室内で見えたのは、宇宙のミルキーウェイだけ。
輝くものは確認できませんでした。
Pファンクをかすめつつ、スターチャイルドにはならなかったわけです。
そして日常に戻ってきました。
ちゃんと着地できて良かったですね。