花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/小野小町
それがこの小野小町の和歌。百人一首の中でも特に有名な一首です。
「花の色」はそのまま花の色のことも指していますが「自分自身の美しさ」も指します。
花の色のように自分の美しさもいつかは色あせてしまう、という儚さを歌っています。
後半の「ながめ」という言葉は「眺める」という言葉と「長雨(ながめ)」という言葉を掛けています。
「あなたを恋い慕う間に、私の美しさは色あせてしまったわ」という解釈。
そして「長雨が降っている間に、花の色は色あせてしまったわ」という二通りの解釈ができるのです。
そんな名歌から冒頭の歌詞は引用されているのです。
しかし、小野小町の和歌とここで歌われている世界は少し違います。
小野小町は自身の美しさがうつろっていくことをただ嘆くばかりです。
しかし、この歌詞の中では、その永い時間を積極的に生きようとする姿が描かれています。
永い時間のような密度を持った一瞬を、懸命に生き抜く。
一枚一枚のかるたの札に命を賭けた「ちはやふる」の登場人物たちの姿に重なります。
夜に燃え上がる情熱!
空気を揺らせ 鼓動を鳴らせ
静かな夜に今 火をつけるの
恋ともぜんぜん 違うエモーション
ホントに それだけなの
出典: FLASH/作詞:中田ヤスタカ 作曲:中田ヤスタカ
続いてこの部分。注目するのは歌詞2行目の部分です。
この部分も、百人一首の和歌がモチーフにされています。
みかきもり衛士のたく火の夜はもえ昼はきえつつ物をこそ思へ
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/大中臣能宣
この大中臣能宣の和歌です。
みかきもりは「御垣守」と書きます。宮殿の門を守る人のことです。
その人が夜に焚く松明の火のように、夜は私の恋心が燃え盛る。
そして、昼はその火が消されるように、私の恋心は鎮まっていく…という歌です。
しかし「FLASH」で歌われるのはただの恋心ではありません。
「恋」という言葉では表現することのできないほどさらに情熱的な感情。
人を突き動かすような「情動」を、百人一首と対比することで強調して描いています。
劇場版「ちはやふる」では、恋愛要素は主要なテーマではありません。
競技かるたを通じて育まれる友情。かるたにかける熱い想い。
様々な心情が入り混じった情動を「みかきもり」の歌と比較することで表現しています。
舞い踊る葉は山を彩る
舞う落ち葉が 地に着くまでの
刹那的な速度に近くて
フレームは一瞬 ハイスピードで
一直線 光裂くように
出典: FLASH/作詞:中田ヤスタカ 作曲:中田ヤスタカ
サビが終わった後、2番の歌い出しです。
ここで注目するのは「舞う落ち葉」です。
百人一首には「紅葉」や「落ち葉」に関する和歌が数多く存在します。
もちろんこの後紹介する「ちはやふる」の歌も真っ赤な紅葉を描いた和歌です。
ここではあえて違う和歌を引用してみましょう。
あらし吹く み室の山の もみぢばは 竜田の川の 錦なりけり
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/能因
これは能因法師が遺した和歌です。
竜田川の一面に紅葉が敷かれているという情景は「ちはやふる」の歌と似ています。
しかし、「ちはやふる」とは違い、「嵐=強い風」が吹いているのです。
ただ、竜田川に赤い紅葉が落ちているだけではない。
その上には、強い風によって吹き上げられた無数の赤い紅葉が舞っているのです。
川の水面も、その上に広がる大空も全てが赤によって染められた世界。
その中で紅葉が地面に着くスピードよりも速いスピードで生きる姿が描かれます。
猛烈に吹く風のスピードで、一瞬で川を赤く染めるほどのスピードで。
ここでも映画の中の千早のように、懸命に、情熱的に世界を生きる人の姿が目に浮かびます。
ただ引用するだけでなく、比較する
以上のように「FLASH」には多くの百人一首の要素が織り込まれていました。
しかしただ百人一首の世界を模倣しているわけではありません。
百人一首の世界観と現代を生きる人々の姿を対比しながら描いています。
小野小町のように永い時間をただ受動的に生き長らえるのではない。
夜に燃え盛るのは恋心だけではない。
舞う落ち葉の速さよりも速いスピードで時代を生き抜く。
そんな姿が効果的に描かれいます。
和歌の技法では「本歌取り」というものがあります。
本歌取りも昔の和歌を引用しながら、新しい世界を描いていく技法です。
この「FLASH」でも巧みに「本歌取り」の技法が使用されているのです。