「Help!」という「叫び」
詩人・ジョン・レノン誕生の瞬間
1965年7月、ビートルズが発表した通算10作目のシングル「Help!」。
この曲には様々な顔があります。
一見、失恋ソングのようでありながら自らの窮状をストレートに「Help!」と叫んだ曲。
この「Help!」の一言が時代をまるごと揺るがす叫び声として認識されます。
過剰な人気で重圧を背負ったジョン・レノンの才覚が一瞬に凝縮し爆発したような状況。
「ひとりでは背負いきれない物事が襲いかかってくる」現代社会の姿を「Help!」のひと声で暴き出します。
作詞作曲のクレジットはLennon=McCartneyですが大半の作業はジョン・レノンによるものです。
ジョン・レノンは個人的な窮状を現代社会に普遍的な問題としてメッセージを発しました。
パーソナルな事柄を普遍的な社会問題へと敷衍(ふえん)して詩を作る。
これがジョン・レノンの詩人としての作家性の基軸です。
「Help!」はジョン・レノンが自立した作家として詩を書いたはじめての作品といっていいかもしれません。
詩人・ジョン・レノンの最初の作品。
そしてこの作品「Help!」は本格的なロック音楽としては史上初めてのメッセージ・ソングとなりました。
ジョン・レノンが傾倒するボブ・ディランがアコースティック・ギターをエレキギターに持ち替えた年。
1965年はロック音楽の転換期でもあります。
他者の「叫び」に隠されたものとは
「Help!」の一言が時代を揺らす
誰かの叫び声にはっとさせられる経験の一度や二度は誰にもあることかもしれません。
1963年、日本の作家・大江健三郎は傑作小説「叫び声」の冒頭にて「叫び」についての考察をします。
恐怖の時代を生きる誰かひとりが発する叫び声。
その声を聞く者みなが、自分の叫びだと錯覚する。
誰かが「叫び」にはそんな効果があるのだと大江健三郎は考察しています。
1965年、イギリスでジョン・レノンが発した言葉「Help!」が時代全体を揺るがしたのもそうした効果です。
スーパー・スターの「叫び」
ビートルズがデビューしたのは1962年10月5日。
デビュー曲は「ラブ・ミー・ドゥ」、次のシングル「プリーズ・プリーズ・ミー」が大ヒット。
ここから全世界がこれまで経験したことのないような成功物語が幕を開けます。
1964年はアメリカ合衆国で大ブレイク。
ローリング・ストーンズやキンクス、ザ・フーなどとともに「ブリティッシュ・インヴェイジョン」を牽引。
世界規模で押しも押されもしないスパー・スターの地位をほしいままにします。
しかしその人気はメンバーひとりひとりの生活や人生を狂わせてしまうのです。
何をしても騒がれる生活に嫌気が差し自分が自分でないような感覚に陥る毎日。
中でもジョン・レノンの繊細な神経が爆発します。
その窮状から脱するための「叫び」をひとことで発すると「Help!」となりました。
楽曲「Help!」の誕生とともに本格的な詩人・ジョン・レノンの生誕の瞬間でもあります。
前置きが長くなりましたがいよいよ歌詞を見ていきましょう。
ジョン・レノンの声がラジオを揺らす
「1/f(エフブンノイチ)ゆらぎ」の声の持ち主
Help! I need somebody
Help! Not just anybody
Help! You know I need someone Help!
出典: Help!/作詞:Lennon=McCartney 作曲:Lennon=McCartney
歌い出しの歌詞です。
ジョン・レノンの渾身の咆哮「Help!」。
彼の声は「1/fゆらぎ」と呼ばれる特殊な声でした。
アナウンサーや優れた役者などに多いタイプの声です。
聴いた者に快適な気分を与える特殊な物理現象を伴う発声。
この特殊な声を持つ人は恵まれた資質のために声優やナレーションの領域で活躍します。
ジョン・レノンはシンガーとしてこの声を持ち合わせておりアナログ・ラジオのスピーカーを揺らしました。
声自体にリスナーに与える抜群の訴求力があり初期ビートルズがラジオからブレイクしたのもこのためです。
もちろんゴスペルなどの先行する音楽をロック音楽にとって斬新な仕方で昇華したことも要因。
ビートルズが放つ様々な音楽的な先鋭性が当時のシーンを刺激しました。
色々な要因が「ビートルズ現象」を形作ってゆくのですがジョン・レノンの声のチカラは無視できない要素。
ジョン・レノンの発する「Help!」は人類史上、もっともスピーカーを大きく振動させた「叫び」なのです。
歌詞の和訳を見ていきましょう。
ラブソングを超える
「助けてくれ 誰かが必要なんだ
助けてくれ 誰でもいいわけじゃないんだ
助けてくれ ねえ、オレは助けてくれる誰かが必要なんだ」
助けが欲しいけれども誰でもいいわけじゃないよとジョン・レノンはいいます。
この辺りに一見してラブソングを模したものであることが予感されるのです。
しかし単純な愛のお話でしたら「Help!」はあまり記憶に残らない曲になっていたでしょう。
先を見ていきます。