中間試験を受ける必要はない
軍事訓練を行う必要はない
赤軍派に感化される必要はない
俺は、そんな平和な俺の平和を謳う必要はない
出典: Num-Ami-Dabutz/作詞:向井秀徳 作曲:向井秀徳
さて、向井秀徳の「南無阿弥陀仏」は続きます。
もっと深い、思想についての言及がなされているようですね。
学校の試験はいらない。
軍事訓練もいらない。
赤軍派という過激派に流されて運動を起こす必要もない。
これは向井秀徳自身の生活のことかも知れませんが、文脈から考えて意見だと思います。
学生にとって試験は無意味だと思っているということです。
そして、最後、音楽性についての言及があります。
向井秀徳がなぜこの人間の冷たさに視点を当てて曲を書くのか。
それもファンクな曲を書くのか。
その理由こそ、この最後の部分にあるのではないでしょうか。
平和について歌う必要がない。
つまり、愛だね正義だね、みんな幸せ平和だね、と歌う必要がないと思っているとうことです。
こういった思想を南無阿弥陀仏と呼んでいるのですね。
NUMBER GIRLのサウンドの秘密
何故耳を塞ぐ?
鋭角恐怖症のヤツは耳を塞げ
出典: Num-Ami-Dabutz/作詞:向井秀徳 作曲:向井秀徳
ここで、サウンドについての南無阿弥陀仏が唱えられているようです。
鋭角恐怖症とは、先端恐怖症のことですね。
髪の毛など何か尖ったものが迫ってくる感じを覚えてしまう病です。
そんな人は耳を塞ぎなさいと言っています。
何故でしょうか。
作曲方法?
エレクトリック混乱主義者の俺は
酒毒に侵食された脳が繰り返す言葉を呟きながら
虚(うつ)ってあいまっていたから
出典: Num-Ami-Dabutz/作詞:向井秀徳 作曲:向井秀徳
エレクトリックは電気のことですね。
ここでは、電気的なサウンドということでしょう。
ディストーションなどをかけて音を歪ませたサウンド。
さらにそれらをぐちゃっと詰め込んだ混乱を表現したサウンド。
そんなものを作る人、向井秀徳だということです。
そして、お酒で酔った頭がボーッとしながら呟く言葉。
その鬱っぽい言葉が「尖っている」から鋭角恐怖症のやつは聴くなといっているのです。
一種の比喩ですね。
自分たちの音楽が尖っているから先端恐怖症の奴らは聴くなよと。
酒に侵され尖った言葉を並べていく。
これが向井秀徳の音楽の作り方なのかも知れません。
現代に生きる私たち
カオスなのか?
歩き出した冷凍都市の18時半
真昼間にひっつきまくった男女の生殖器官は
もういい加減どうこうもならん
視姦される女たちが自意識をまき散らし 恥さらし
しかしとりすましてパンツ濡らし
天は雨を降らし 餓鬼はガンジャ吹かし
出典: Num-Ami-Dabutz/作詞:向井秀徳 作曲:向井秀徳
さて、いよいよラストスパート。
ここから性的な描写が見られますが、向井秀徳は何をいいたかったのでしょう。
もう少々お付き合いください。
都市の18時半といえば、花街が灯りを灯し始める時間です。
ソープ街とでもいいましょうか。
視姦とは、性的に女性を見つめることです。
ソープ嬢たちのことをいっているのではないかと思います。
「いい加減」という歌詞から、何だか欲にかまける人間の愚かさを嘲っているようにもとれます。
そしてガンジャとは大麻の一種。
雨が降り、ソープ嬢が喘ぎ、青年が大麻をふかしている。
カオスで冷たい現代の風刺をしているのでしょうか。
単純なのか?
それでも整然と営む冷凍都市の暮らし
出典: Num-Ami-Dabutz/作詞:向井秀徳 作曲:向井秀徳
さて、向井秀徳が言いたかった本質に迫ります!
実は私たちは単純なのではないでしょうか。
南無阿弥陀仏を唱えながら暮らしている。
自分の理想というか思想を掲げながら暮らしている人類。
ですが本当の姿は欲望にまみれた存在です。
男女の営み、大麻。
しかし、それこそが本質であると言っているのではないでしょうか。
人情味の欠けた都市の我々人間に、「僕らって愚かだよな」と言っているのです。