不朽の名曲「わが人生に悔いなし」
銀幕の大スターの死
昭和の銀幕の大スター・石原裕次郎。
彼が亡くなる直前の1987年4月21日に発表されたシングル「わが人生に悔いなし」。
この曲が石原裕次郎のスワン・ソングになってしまいました。
享年52歳。
大変残念なことですが石原裕次郎はまだまだ若い内にこの世を去ってしまいます。
しかし短い人生とはいえ非常に中身が濃い生き方をしてきました。
「わが人生に悔いなし」
作詞は石原裕次郎が世話を焼いたなかにし礼で作曲が加藤登紀子。
豪華な布陣による最期の曲です。
このシングルを出してようやく「わが人生に悔いなし」といえるようになったのではないでしょうか。
石原裕次郎のような大スターを現代に探そうとしても見当たりません。
映画という娯楽がまだ日本の大多数の市民によって支えられていた時代の大スターです。
またテレビ・メディアにも進出してドラマ「太陽にほえろ!」などで大役をこなします。
兄の石原慎太郎原作の映画から注目されて一瞬の内に時代の寵児になり上がった人生。
今の私たちにはこれほどひとりの男性の一挙一動に注目が集まるという現象を知りません。
ただ、「わが人生に悔いなし」という曲は石原裕次郎という巨大なエレメントを除いても素晴らしい曲です。
作詞家なかにし礼による渾身の歌詞が魅力的。
なかにし礼は今、幾度もの癌との闘いを続けながらも精力的に作品を書きまくっています。
人生の終端が近づいている今、なかにし礼は「わが人生に悔いなし」という著作までかきあげました。
「わが人生に悔いなし」
この曲は石原裕次郎のものであり、なかにし礼のものであり、加藤登紀子のものでもあります。
そして私たちのような名もなき市民も「わが人生に悔いなし」といえる生を願っているのです。
この世界に生まれ落とされて死にゆく日の直前にこうした心境になれるのであれば他に何も要らないはず。
後悔しない人生を歩むためにこの曲の歌詞を紐解いてみましょう。
ひとつひとつ重い言葉
石原裕次郎とアルコール
鏡に映る わが顔に
グラスをあげて 乾杯を
たった一つの 星をたよりに
はるばる遠くへ 来たもんだ
出典: わが人生に悔いなし/作詞:なかにし礼 作曲:加藤登紀子
一言一言が感動的な歌い出しです。
なかにし礼はかなりの想い入れでこの歌詞を石原裕次郎のために書いたのだと分かります。
石原裕次郎の生命を縮めたのはアルコールが主因だったと囁かれているのです。
そのアルコールを乾杯してあおるシーンを冒頭に登場させます。
アルコールを節制していれば助かったかもしれない生命です。
しかしこの曲が軌道に乗ったときはもう手遅れだったのでしょう。
ならばアルコールを肯定しよう。
乾杯しながらいい人生だったと歌ってもらおう。
作詞家としてのなかにし礼の心境を想うとさぞや辛かっただろうにと想わされます。
しかし一方、アルコールで病気をこじらせてしまった石原裕次郎の開き直り方も立派です。
星たることの自覚
石原裕次郎にとっての星とは何だったのでしょうか。
本人自身がビッグスターであるのです。
そうした人にも星のような存在が必要だったのかと驚かされます。
銀幕の夢でしょうか。
自分が星であることの自覚の存在こそ成功する大人の男の証でしょう。
いつまでも自分が星のように輝いていることを確認しながら生きてきた人生でもあったはずです。
あるいは映画スターへの道を切り拓いてくれた兄の小説家・石原慎太郎への労いかもしれません。
端役で「太陽の季節」に出演した後に大ブレイクする石原裕次郎。
様々な映画で主役を演じてテレビが活況になるとドラマで大役を演じる。
歌を歌えば大ヒットを記録する。
メディアを横断するような何でもやり尽くした人生でした。
人生の終りを迎えるに当たって自分の航跡・功績を振り返る姿が感動的です。
短い生涯であっても
一瞬に光る星
長かろうと 短かろうと
わが人生に悔いはない
出典: わが人生に悔いなし/作詞:なかにし礼 作曲:加藤登紀子
短い人生でした。
しかし悔いの残らない人生であれば長く生きることも短く濃く生き抜くことも変わりはない。
なかにし礼はこの時点で石原裕次郎の死を覚悟していたのでしょう。
また石原裕次郎自身がなかにし礼にその辺の事情を踏まえて作詞するように願ったのかもしれません。
もっと自身をコントロールして生きながらえることもできたはずです。
しかし昭和の男というのは価値観や生き方が刹那であります。
一瞬に光る星だってあろう。
石原裕次郎はそんなタイプのスターでした。
なかにし礼が見送った人々
一方でなかにし礼は何度も癌を再発させながらその度ごとに生き返ります。
長い人生を歩んできました。
その長い人生の途中で世話になった石原裕次郎を見送ることになります。
作詞を提供した芸能人は数知れません。
しかしその中でも美空ひばりや石原裕次郎といった存在は大きすぎる恒星のようなものでした。
なかにし礼は今も精力的に作品を書き上げています。
「わが人生に悔いなし」
そんなタイトルの書籍を出版しました。
自分史を辿ったエッセイです。
石原裕次郎の「わが人生に悔いなし」が1987年。
なかにし礼の「わが人生に悔いなし」が2019年。
すでに32年の月日が流れています。
その間に芸能界は変貌しました。
まっとうな大人が少ない幼い世界になってしまったかもしれません。